#24 ずっとこのままで…(投稿作品/風 さま)





   プロトを怒らせて来い。

 朝一番、顔を合わせていきなりの、アズマへの草薙の命令だった。
“個別の11人”の件の終盤、官邸地下で負傷したプロトのひさびさの出勤日。
 あいつ、長い療養生活で鈍ったな、アズマは軽く伸びをして整備室に向かった。

 手段は選ぶなよ。

 背中にバトーの念押しが入った。自分と顔を合わせれば、プロトの柔和な顔にたちまち険が入ることを、アズマはよく知っている。先輩諸氏には困難なことでも、自分ならお安いご用と、アズマは草薙らを振り返ってニッと笑った。

 同時期に配属された新人同士、アズマとプロトは通常でも意識し合って不思議でない仲なのだが、それに重ねて二人は同じ人物に入れ込んでいた。二人にとって、一番の近しい先輩トグサ。仕事の出来る、すぐ上の優しい先輩に新入りが憧れるのも、これまたよくある話なのだが、世間知らずのプロトの非常識のせいか、それにまともに食いついてしまうアズマの大人げなさのせいか、二人のトグサへ想いは一般論を遙かに凌駕して熱く重い。トグサが今少し鈍くなかったら、さぞややこしい展開を迎えていただろうと、他のメンバーも思っていた。

 ゆえに、お互いがお互いを見て不愉快になるのは条件反射。アズマは整備室の片隅にプロトを見つけ、自信まんまんで歩み寄った。
「おい、やっとのご出勤か?」
「はい。おはようございます。アズマさん」

 さん?

   そよかぜの悪戯かと思った。

「おツムと胴体、ちゃんと繋がったのかよ。不良品でも安くて頑丈で良かったなあ」
「ご心配おかけして申し訳ありません。少佐やマツイさんたちは難しい顔していらっしゃいますけど、僕としてはけっこう調子良いです」

 もーしわけありません??

「プロト、お前、何が言いたいんだ?」
 何か新手の嫌味を考えついたのだと、思ったのだった。この野郎、と拳を握った。
「…あのとき、みんなが命掛けで任務を遂行しているときに留守番で気楽でしたね、とか。僕は官邸地下でトグサ先輩と一緒に課長のサポートをしていたのに、とか。トグサ先輩にそれは頼みにされたのだとか。倒れたとき優しく抱き起こされたのだとか。それも2回もとか。トグサ先輩にお姫様抱っこされて運び出された、とか。イロイロ言いたいんじゃねえの?」
 これらは、アズマが対プロト戦対策としてシミュレーションしていたものだ。
 プロトは、ひどく真面目な表情で首を横に振った。
「かわせてしかるべきの攻性障壁にやられて…課長や先輩の足手まといになっただけじゃないですか。僕の落ち度で、僕がアズマさんに何を言うんですか?」

 ええ??? 脇の下に冷たい汗が滲むのが分かった。

「…って俺なんかココで待機してただけなんだぞ」
「それが上司の指示だったのですから、アズマさんは命令に従っただけでしょう」
「お前、とにかく、俺に何か言いたいこと、あるだろう?」
 プロトはますます真剣な表情になって、アズマを見詰めた。
「僕がアズマさんに?言わなければならない、こと、ですか?」
「ああ。ホントのお前ならあるはずだ」
「本当の僕ならあるはず…?」
 巫山戯るなよ。
 プロトを怒らせるよりに先にこっちが切れそうだ、と、アズマは唇を湿らせた。
「お前、ケガでおかしくなったフリをしてるんだな。ったくヒトを馬鹿にして」
 金茶色の瞳が、困惑しきってアズマを見詰め続けていた。それでもアズマはまだプロトに担がれていると思っていた。
「少佐やバトーさんたちにまで心配させて。腹黒いのもいい加減にしろ。お前のやり方は先刻承知なんだ。…プロト!」
 唇が、はい、とだけ動いた。
「勿体付けてないで言いたいことを言えってんだよ。畜生、このクソ忌々しい欠陥バイオロイドが。どこまで悪どくなったら気が済むんだ。いっそラボ送りにでもしてやろうか」

 プロトはすっかり青ざめて、それでも身動ぎ一つできずにいた。

−もう良い。アズマ、戻って来い。

草薙の声が頭に響いたときには、アズマの頭にはすっかり血の気が上がっていた。


 ミーティングルームには、草薙、バトーの他にイシカワが居た。

「…やはり、初期状態に戻ってしまっているようだな」
 草薙はアズマを一瞥すると、ご苦労、と低く言った。
「初期状態てえと、本来のバイオロイドの状態ってことだな」
 バトー。草薙は黙って頷いた。
「将来的に社会の緩衝剤的存在を期待されているものだからな。感情を抑制され、闘争心が非情に薄い、常に平静…」
「『荒事』と情報『戦』と旨とする9課じゃ長生きできんぞ」
 イシカワ。
「だから、こちらに来てから、プログラムを専用で開発して追加適用してきたのだ。穏やかなりに、まあまあブラックだったのはそのせいだ」
 アズマは、悪魔のプロトはやはり草薙プロデュースだったかと、この時初めて舞台裏を知った。
「それが全て、あのダメージ以来、無かったことになってしまった」
「またウチ用のプログラムをアプライすりゃいいじゃねえか」
 バトーの言葉に、草薙は首をゆるゆると振った。
「そんなことはもとより実行済みだ。だが、反映されない。プロトがこちらで学習したものが障害となっているのか、ダメージを受けたときにイヤな副産物が発生したのか、他に原因があるのか、今のところ皆目見当がつかん」
「お前と赤服がよってたかって歯が立たないってか」
バトー。
「純然たるメカニックではなくてほとんど生体だからな。気質が初期状態に戻っても、知識や運動機能はこちらでの学習が反映されたままだ。同じプログラムを適用するだけでは同じ結果が出ないのも道理かもしれん。…まだ開発途上のテクノロジーでデータも僅かだ。難しいところだな。当分任務は内勤だけとして、原因究明を急がねばなるまい。課長との官公庁巡りは当分トグサ専任だな」
「おいおい、お宮参りもダメなのかよ。最前線の仕事もさせねえと、こんだトグサが鈍っちまうぜ」
 バトー。うまく言い繕っているが、その実、一緒に出動したいのだ。アズマは小さく溜息した。
「あんなスケベ親父の巣窟に、今の典型的受けキャラのプロトを行かせたらどうなると思う」
「あ、いー考えがあるぞ」
 イシカワがぽんと膝を打った。
「中味が変えられねーんなら、外見を変えりゃ良いじゃねえか。不細工によ」
「確かにそういう選択肢もあるな。が、課長が何と言うかな」

え?

イシカワだけではない、バトーも、アズマすらが、この草薙の言い草にまともに反応した。

「おい、今のとこ、もしかして笑わにゃならんかったんか?」
 イシカワがアズマを見る。
「こ、こっちに振らないでくださいよ」
 アズマの額には、季節外れの汗が玉となって吹き出していた。

「第一」
 草薙。
「不細工なプロトなど、私が詰まらん」

   結局、草薙の趣味なのだ。男3人は、派手に息を吐いて肩を落とした。

「ま、いい。ダイブルームでなら直接のドツキ合いは無え。確かに危ねえこともあるが、戦法は技術的な手続きとして覚えちまえば良いことだ。あのぼうずなら、仕込み甲斐もあるだろうさ。俺に預からせてくれ」
 イシカワはよっと声を出し腕を回すと、腰を擦り擦り席を立った。
「頼んだぞ」
 草薙の一言に、了解、とイシカワの右手が上がった。

「一人くらい、まっとうに平和主義なやつがいても良いんじゃ?」
 バトーが草薙の渋面に微笑みかけた。
「バイオロイドの場合、平静さが、見たままの冷徹さに繋がるわけではない。精神的には、計算外に脆いと考えられるのだ。私たちのように、何十何年かけ人間性を形成してきたわけでもないのだからな」
 バトーが次の句を失う。アズマは思わず草薙に食いついた。

「プロト、ここで仕事を続けるんですよね?」
 草薙が、何をと言わんばかりに眉根を寄せた。
「まさか、その、ラボ送りになんて」
「それは有り得ん。あのクラスの技術力を持つ新人を別に探すなど、まず不可能だ。仮に状況がこの先変わらなくても、だ」
 そう草薙は言い切って、そういう心配はするな、と薄く笑みを浮かべた。

 アズマは草薙に一礼すると、整備室に走った。
 そこはがらんと広いだけだった。鑑識にも、給湯室にも、プロトは居なかった。

   俺って、どう考えてもサイテー。

 正直、舌打ちしたい気分だった。プロトの異変を、なぜ最初に教えてくれなかったのかと、重鎮たちに恨み言の一つも言ってやりたい気分だった。

 廊下の突き当たりの隅に、9課には不釣合いに華奢な後姿を見つけた。
 大窓ごしに、遠く街並みが霞んで見えた。
「プロト」
 白金の頭がびくりと揺れた。アズマを振り返った拍子に、眦に溜まっていた水滴が零れた。プロトは慌てて窓に向き直り、頬を拭った。
「俺が悪かった」
 プロトが小さく首を横に振った。
「…先輩たちの僕を見る目が少し妙だと、それくらいは分かっていました。悪いのは、僕なんです」
 アズマは口の達者なほうではない。
 気の利いた科白など一言も思い浮かばず、立ち去ることもできずに、並んで窓に向かった。
「ラボに帰って、最終データのために分解される。それも僕の仕事です。でも、それから僕はどこに行くのかなと思ったら、タチコマたちに会えるかなと思ったら…」
 あの青い思考戦車たちは、その身を呈し核投下を寸でのところで阻止した。整備室で立ち働いていたプロトをアズマは思い起こしていた。タチコマたちに手を焼いていたプロト、誰も居ないブースをひとりで片付けていたプロト…。
「…タチコマたちのところには行けない気がして…」
 やっぱり僕、ヘンですね、とプロトは口籠もった。頬をまた、伝うものがあった。

 これが本来のプロトなのだ。
 草薙やマツイたちが何もしなければ、プロトはこんなふうだったのだ。

「ラボ送りになんてしないって少佐たちが言ってた。お前、デキルからさ」
 プロトがアズマを見上げ、遠慮がちに小首を傾げた。濡れた睫毛が、思うより長かった。
「お前は確かに前とは変わっちまった。みんなはそれでいろいろ悩んでいるみたいだけどさ。俺は、今のお前のほうが良いと思うぜ?」
「アズマさん…」
「マジで、今のお前のほうが好きだ。…ずっと今のままでいたほうが、良い、と思う」
 プロトに優しい言葉など吐いたのはこれが初めて。あまりのくすぐったさに、アズマは無理矢理顰め面を作った。

「アズマさんって、優しいんですね」
 プロトは唇を泣き出しそうに歪めながら、それをなんとか笑顔に変えた。
 アズマが腕を伸べてしまったのは、ほとんど反射的だった。
 きれい、健気、可憐。
 この三拍子を抱き寄せたくならない男がいるだろうか。

 爪の先がさらさらの髪に触れかかったとき、耳朶に草薙の声が響いた。
−プロト、大至急鑑識に来い。
「はい」

 プロトが、踵を返す。虚しく行き場を失ったと見えたアズマの手に、プロトの指がついと伸ばされた。
 ほっそりと冷たい、どこかしら心地よい感触が、アズマの指の腹に残った。
 遠ざかる跫音を聞きながら、唇をあて、瞳を閉じる。プロトの体温が残っているような気がした。

 確かにプロトとはいろいろあった。が、最初からこうだったと思えば良い。そして、ずっとこのままなのだ。
 ビバ、9課ライフ。
 アズマは一人空を仰ぎ、神に感謝の祈りを捧げた。
 美しき人妻トグサに略奪愛を注ぎまくり、深窓の御令嬢プロトを欲しいままに貪る。これまでの恨みじゃなくて経緯もあることだから、少しくらい意地悪をしても許されるだろう。あ〜んなことをオネガイしても、こ〜んなことをシちゃっても、今のプロトなら恥じらいながら受けて入れてくれるに違いない。
 妄想は炸裂し、煩悩は奔流となって、アズマを彼方へと運び去るのだった。


 その頃、鑑識では、赤服マツイが草薙たちを相手に一席ぶっていた。

「喜べ!プロトのプログラムが反映されない原因が分かったぞ。隠しファイルが発生し、処理を異常終了させていたんだ。こいつらを削除してリトライすればOKだ」


 魔王の目覚めが近いことを、アズマは知る由もない。

 そう。
 願わくば、ずっと、ずっとこのままで…。



END






<投稿御礼>
アズマとプロトをこんなにいじってるのは私らぐらいだよね〜、と良く氷月と話してたんですが、
そんな私らの小話に萌えてくださったという風さまが、こんな素敵なお話を書いてくださいましたv
真っ白プロトとアズマのかみ合わないやりとりとか、怖すぎるミーティング風景とか、単純すぎるアズマのおつむの構造とか、
非常に生き生きと描かれていて、堪能させて頂きました。
このあと待ち受けるアズマの運命が、非常に楽しみですね(にやり)

風さま、企画へのご参加本当にありがとうございました!(伊藤)


*****

この度は企画に参戦頂き、本当にありがとうございました。

行き当たりばったりで考えていた事も、風さまの説明で、そっかーっ!と鱗の落ちる思い。 プロトやバイオノイドの設定等や、タチコマの存在を絡めるトコとかも、ちゃんとした方にかいて頂ければちゃんとした奴らになるんだ、こいつらも!と、改めて自分たちの扱いの酷さを実感しました(笑)

・・そんな酷い扱いの小話に萌えてくださって、ありがとうございます・・
そしてこんなステキすぎる頂き物を下さって更にありがとうございます。
もうPCの前で奇声を発しながら転がってました。

復活してきた魔王もといプロトに『少しくらいの意地悪』を込めてちょっかい出したりした日には・・

A)一刀両断ばっさり切り捨て。そして伝説へ日常へ。
B)図に乗ったプロトが悪のり。そして一体いつ実体に気づくか9課内トトカルチョ。

どっちに転んでも全く実体に気づかないのはトグサだけですね。きっと。


プロトの外見に騙されてついついほだされてしまったアズマ。
実は俺って職場運ラッキー?とか浮き足立ってるだろう彼の未来に幸あらんことを。

合掌。(氷月)




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