#37 もっと欲しい




 禁断の実。
 一度口にしてしまえば、その甘い毒からは逃れることは出来ない。
 それ故に禁断の名を冠する。
 しかしどんな禁忌にふれようとも、その毒に、その熱に、浮かされる―――



 『新浜湾岸で爆破事故発生。テロ組織との関係が懸念される為、現場に急行せよ。イ シカワは調査。ボーマとサイトーは来い。アズマはそのままトグサを拾って来い。バ トーとパズはイシカワの検索に従い実行犯を追跡せよ』
 9課のオフィスビルに戻ろうと車を走らせていたアズマの電脳に急遽鳴り響くエマー ジェンシー。そして草薙の凛と張りつめた声が電通で伝えられる。
 ようやく戻って一寝入り出来ると思ったのに、とタイミングの悪さを呪ったが、拾う のがトグサというのがせめてもの救いだ。
『トグサ、あと3分でつく。駐車場でおちあおうぜ』
 電通を入れると、寝起きなのか慌てた風な返事が返ってきた。
『急げよー 少佐に怒鳴り飛ばされたくはないだろ?』
『分かってるよ。お前こそ急いで運転どじるなよ』
 予告通り3分きっかりで、アズマの運転する車は薄暗い駐車場に滑り込んだ。エレ ベーターの前で待っていたトグサがドアを開けて中に滑り込んでくる。
 とたん、むっとする匂いがアズマの鼻孔をついた。アズマじゃなくてもこの匂いは誰 でも気づく。
「げっ! あんた、寝ぼけて何つけてきたのさ。すげぇ匂い」
 車を発進させながら、アズマは思いっきり顔を歪めて窓を開けた。こんな匂いが車中 に籠もられては鼻のフィルターが狂ってしまいそうだ。
「そんなに匂うか?」
「この匂いが分からないヤツは鼻やられてるヤツくらいだっての。制汗剤? 整髪 料? あんたらしくないもん付けてるな」
 横目でトグサを見ながら顔を顰めるアズマの不平に、僅かにトグサの表情が緩んだよ うな気がした。
「仮眠中の招集だったんで、うっかり量の加減間違えてな」
 癖っけの髪はあちこちまだ跳ねていて、寝起きだったというのが容易に伺える。
 確かに彼の言っている事はおかしくない。失敗も彼らしい。
 だが、そこに何か違和感を感じ、アズマは眉を寄せた。
 と、アズマの鼻孔フィルターがどぎつい匂いにかき消されようとしている別の匂いを 探知した。
 普通の人間だったら間違いなく分からないレベルの匂い。アズマのレベルでさえ注意 をしなければ逃してしまう位の匂い。
 その匂いの正体に、アズマの顔は更に険しさを増す。さっきの垣間見たトグサの表情の意味もなるほど納得出来た。
 その変化をトグサはまだ怒っているのだと捉えたらしい。
「そうむくれるなって。お前の鼻の事も考えず悪かったよ」
 俺の鼻の事を考えたから、こんなあんたらしくない匂いのきつい香料つけてきたんだ ろ。
 アズマの運転する車は、現場への道順を外れ、近くの公園の脇に止まった。
「おい、アズマ。何こんな所に止めてるんだよ、早く現場に」
「それより先にやることがあるだろ、あんたは」
 車のハンドルに顎を乗っけると、アズマはフロントガラスの先にある建物を気怠そうに 指さす。それは公園内のトイレだ。
 別にトイレに用は・・といいかけたトグサの言葉を奪ってアズマが続ける。
「中のもん、ちゃんと出してこねぇとあんたが後で大変なんじゃねーの?」
 アズマの指摘にトグサの顔が強張ったかと思うと、わかりやすい程に紅潮していくの が分かった。
 何をと具体的に言っていないのにこの反応という事はやはりビンゴらしい。
「な・・何を・・」
 それでも誤魔化そうというのか言い繕うトグサを促すように、アズマは顎だけじゃな く両肘もハンドルにあずけ軽く手を振る。
「そんなんで俺の鼻を誤魔化そうなんて無駄無駄。早くいかないと少佐が怪しむぜ」
 何か言いたげだ、でも何を言っていいか分からない、そんな真っ赤な顔をして外に出 ていったトグサの後ろ姿を見送りながら、アズマは知らず歯を噛みしめた。きりりと音が鳴る。
 トグサから、いやトグサの「中」から、かすかに匂ったのは人口体液の匂い。無為無臭とはいえ、無臭なものなど ありえない。そこに必ず個別臭がある。それを認識できない一般人は「無臭」だと言 うのだ。アズマにとってはそれらは立派に「有臭」だ。
 そしてその体液の持ち主にも当然察しはついている。
 義眼の大男の姿を脳裏に描き、アズマの目は暗く眇められる。
 恐らく事の最中に草薙から招集がかかったのだろう。ろくに始末の出来ないまま、そ れでも何とか自分を誤魔化そうとあんな小細工をしたといった所か。
 馬鹿にした話だ。
 ・・いや、トグサはともかく、バトーもそういうつもりだったのか。アズマの中で疑 惑が生じる。
 全て生身のトグサと違い、義体率の高いバトーなら自分の鼻の精度は分かっている筈 だ。他の事ならいざ知らず、自分がトグサの事に関してこんな子供だましで誤魔化される程度のものではないと分かってて尚この行動に 出たという事は。
「・・やってくれるじゃねーの・・」
 あざとい程に大人げない。
 しかし逆を返せばそれだけ自分の存在に危機感を覚えてるという事か。
 それとも余裕がゆえの牽制だとでも言うのか。
 アズマは電脳に記憶されたメモリを呼び出した。
 兎の様に腕の中で震える体。自分の手管に面白いように鳴き、喘いだ艶めいた顔。
『あ・・ずまぁ・・』
 快楽に飲み込まれながら自分の名を呼ぶ、甘えたような舌っ足らずな声。
 どれも自分が知らないトグサの姿だった。
 あの晩、草薙の悪ふざけが高じた結果の罰ゲーム。そのご相伴に預かったアズマが味 わったトグサの体は、更にトグサへの執着を強める事になった。
 何度この映像を再生させた事だろう。
 何度この姿を日常の彼に重ねた事だろう。
 しかしあの時のように、いつも彼を攫っていくのは決まってバトーだった。
 思うだけなら良かったのかも知れない。
 だが、実際抱いてしまったら。
 その味を知ってしまったら。

 今のままでは物足りなすぎる。

 もっと欲しい。

 体の底から貪欲な情欲が目を覚ます。
 満たされない欲望の出口を求めて目覚める獣。その行き着く先はどこなのか。
 ようやく建物から出てきたトグサの姿を視界に捉え、アズマは目を伏せる。
 己を静めるように。
 目覚めた獣を宥めるように。
 いつか喉笛に食らいつくだろう獲物の姿を脳裏に描きながら―――





 何このポエムは・・orz

 いささか反則技ではありますが、竹田佳夜嬢に御礼贈呈という事で。

 えーと、元はといいますと、アズマとトグサがむにゃむにゃというのは洋子さんと佳夜さんが出されました本(run rabbit junk)のネタを引っ張っています。(話はゲームに負けた罰ゲームで、トグサがアズ マに頂かれちゃうという話です(頂くのはアズマだけじゃないですが))
 本の中でありがたくもプロトグ話を贈呈していただいたので、思いっきり遅くなりましたが、御礼 返しという事でその後のアズマ→トグサをば。

 ・・というお二方の設定を持ってこない限り、うちのアズマとトグサが体の関係結べる事なさ そうなんですもん・・(T▽T)

 更にネタのベースはメッセンジャーでのやりとりの産物だったりしますが(汗)
 ほんとはもっと早くに御礼でお返しする筈でしたがずるりずるりとここまで伸びてご 免なさいorz

 オンでもオフでもいいので、また是非小説書いて読ませてください。

 それにしても「もっと欲しい」って、色っぽい意味に使えば使えるものを、氷月の「色艶のある話」はこの程度らしいです・・はいorz



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