#55 もしも
もしも、あの人が独身だったなら。
もしも、自分があいつより先にあの人に出会ってたなら。
果たしてトグサが自分を選んでいたかは謎だが、少なくとも今こうして指を銜えて見ているだけのどうしようもない状況は変わっていたのかも知れない。
「…あんなヤツのどこがいいんだろうな」
共有室のソファにふんぞりかえってため息をつくと、側で小さく笑う気配がした。
「人の恋路を邪魔すると、馬に蹴り殺されるっていいません?」
散らかりまくったテーブルの上を片付けていたプロトがそう言って笑った。
アズマの視線の先にいるのは廊下の隅で立ち話をしているバトーとトグサで。職場の同僚と言うには親密すぎる様子の二人の関係は、9課の人間なら大抵知っている。
「お前にそんな事言われたくねーな」
バイオロイドの試作品だというプロトが愛だの恋だのを語るのは、なかなかシュールだとアズマは思う。
「絶対実らない恋に悩むのは非効率じゃないですか?」
「非効率って、お前・・」
プロトらしい物言いに、アズマはげんなりとソファに埋まる。
「どうせなら、僕とどうですか? 僕ならフリーですけど?」
とんでもないプロトの台詞に慌てて身を起こしたアズマの目の前には、腰を屈めてにっこりと微笑んだプロトが居た。
昨日定期メンテナンスのための一週間のラボ入りから戻ってきたプロトは、今までのぞんざいな応対が嘘だったかのようにアズマに優しい。
花が綻んだような笑顔は、事情を知らない人間ならころっと行くかも知れないが、日々いささか非常識なプロトに振り回されていたアズマである。素直に信じる気にはなれなかった。
「もし、お前と付きあうって言ったらどうする?」
「そりゃもう大事に大事に可愛がってあげますよ?」
「…可愛がるって、俺の台詞じゃないのか?」
プロトの返事にうすら寒いものを感じたアズマがおそるおそる聞き返すと、
「あいにくと僕に抱かれる側用のプログラムはインストールされてないんです。してもらおうとも思いませんが」
恐ろしいことをさらりとプロトが言った。やはりプロトはプロトらしい。
「…じゃあ、行きましょうか」
どこに?、と聞き返そうとしたアズマはプロトにいきなり担ぎあげられて死に物狂いで暴れたが、女のようにたおやかに見える細い腕の拘束は緩まない。
「俺はオーケーしたつもりねえぞ!」
「新しいアタッチメントのテストを貴方でするようにと、少佐が言ってましたよ。僕も楽しみです」
軽々とアズマを肩に担いで、プロトは楽しげに物騒なことを言う。
プロトが行こうとしている先が仮眠室であることに気づいたアズマはいよいよ青ざめた。
(誰でもいい、今すぐ助けてくれ!)
共有回線に乗せて飛ばしたアズマの悲痛なSOSに応える者はなかった。
もしも、プロトを作ったのが赤服たちでなかったら。
もしも、プロトのプログラミングに少佐が関わってなかったら。
自分がこんな目に遭うことはなかっただろうと、アズマは薄れゆく意識の中で心底我が身の不運を呪った。
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アズマ→トグサのはずが、何故かこんな話に(苦笑)
プロトの生まれについては創作入ってますが、
あながち間違ってないですよねえ??
赤服と少佐に愛と煩悩を注ぎ込まれて育ったら、こうもなるかなとw
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