#77 プレゼント
「♪ジングルベール ジングルベール 鈴が鳴る〜」
賑やかなデジタルボイスの合唱に、トグサは近付こうとしている年末イベントに気付く。
これが家で子供の歌声で気づかされるならまだしも、日頃から常識と非常識を好奇心の名の元に率先して履き違えている彼らに気付かされるのは何だか奇妙な気分だ。と考え、自分が既に何日子供の歌声どころか顔すら見てないのかという事に気付き愕然とする。
せめてクリスマスには家族の顔を見れるよう交渉を…と方向転換に踏み出した足は、
「♪今日は〜 楽しい〜お正月 HEY!」
タチコマ合唱団が歌う歌詞の続きに見事に滑った。
イベントを取り違えた歌はさらに続く。
「♪もーいーくつ寝ると〜 クーリスマス〜♪」
「待て待て待てーっ!」
これ以上季節の情緒を破壊される前にトグサは制止に入る。
「「今日は楽しい」はクリスマスで、「もう幾つ寝ると」がお正月だぞ」
「えー、でも少佐がー」
「どうせ忙しくてクリスマスも正月も一緒だって」
「ならどっちがどっちでも良いのでは?」
何とも不吉な話を聞いたような気がする…
トグサは揚々としていた歳末家族スケジュールが途端暗雲に閉ざされるのを垣間見た。
「そうそう、クリスマスといえば風物詩!」
「トグサくんにクリスマスプレゼントを要求する!」
「プレゼントプレゼント〜」
「プレゼントプレゼント〜」
観光地の土産売りじゃあるまいし、こんなに堂々と強引にプレゼントを要求されては奥ゆかしさのかけらもない。第一プレゼントとは任意の善意であり、強制の義務ではないはずだ。更に本来プレゼントを与えるのは自分ではない。
「そういうモノはサンタさんに頼め」
「ぷっ。サンタさんを信じてるなんてトグサくんは子供だなぁ」
「トグサくん、もしかしてまだ寝るときに靴下とか吊してる?」
「って事はトグサくんの家では、トグサくんの奥さんが子供とトグサくんのサンタさんをやってるの?」
「うわー なんかトグサくん格好悪い〜」
トグサの中に、この勝手に他人の家族のクリスマス図を描く思考戦車達への破壊衝動が沸いたとしても、それは認められるものではないか?
もしクリスマスプレゼントとして何か願いを叶えてくれると言われたら、今ならこのAI達をラボ送りにしてくれと願っただろう。
「随分にぎやかですね」
「随分にぎやかだな」
大人げなくも暗い思考を滾らせているトグサの背に、ほぼ同時に全く同じ内容の声が全く逆の方向からかけられた。片方は涼やかな声。片方は脳天気に朗らかな声。だが両方ともトグサには聞き慣れた声だ。
そしてその声の持ち主達がお互いを認識すると口論を始めるのも、嘆かわしくも聞き慣れた一幕だ。
「・・こんな所でまたサボりですか?」
「お前こそこんなトコで油売ってねぇでラボで電脳交換かけてきた方がいいんじゃねぇのか?」
全く正反対のキャラクターだからこそ、お互いないものを補いあい、いい同僚になれるだろうと思うトグサだが、そんな先輩の親心などつゆ知らず、当人達にその意思は全くない。それは水と油に交われるかと尋ねるがごとくだと周囲は理解している。
「アズマくん、アズマくんは僕たちにクリスマスプレゼントくれるよね?」
険悪な二人の空気を察知して・・ではないだろうが、タチコマが新たなる闖入者にたかり出す。
かつてお土産を少佐に所望した彼らは、今度はクリスマスプレゼントと、しっかり成長しているらしい。
「プレゼントだ? って機械のお前達が一体何をほしがるってんだ?」
プレゼントという形式ではなく、具体的な内容を尋ねられ、タチコマ達ははしゃぐのを一時停止させ、揃ってアームを組み考え込む。
「天然オイルとか?」
「経験値!」
「アズマくんの構造解析!」
「そりゃいい。俺が許すからやりたいだけ解析しろ」
新たに割って入ってきたのは心なしか愉快げに弾んだ太い声。
「わーい、アズマくんで構造解析ー!」
「バトーさんからのクリスマスプレゼントー!」
「って、それ俺に死ねって言ってないか!?」
相変わらずタチコマに甘い男はタチコマに拉致されかけている後輩を眺め、にやりと笑っている。
いつもであればその立場に立たされているだろうトグサは、タチコマとバトーとを不安げに見比べている。好奇心という最悪の武器を手にした彼らが及ぼす弊害はトグサが身に染みて分かっている。だが、ここで制止に入ろうものなら、間違いなく構造解析の要求先は自分に向けられるだろう。
経験からの保守。けして後輩であるお前が可愛くないという訳じゃないんだぞ・・と心中で言い訳してトグサは瞑目した。そう、見方をかえればタチコマ達との貴重なコミュニケーションという事にもなる。これから作戦上共に行動する事もあるだろう彼らと交流を図る事は、相手が機械であろうと有意義に違いない。
・・と己に言い聞かせるトグサの耳にくすりと零れた小さな笑みが聞こえた。
首を巡らせればその先にはにぎやかな一団を眺める端正な顔があった。タチコマ達の姿を穏やかに見守る横顔に、トグサはふっと感傷が沸いた。
バイオノイドである彼が、作られた生命を受けどれだけの時を経て今に至るかは知らない。だが、まだまだ発展途中の部門である事を鑑みれば外見通りの年月を経てはいないだろう。
下手すれば実年齢は自分の子供達と同じ位・・いや、それ以下かもしれない。
そう思うと、その言葉は自然口から零れていた。
「プロト・・ お前だったらクリスマスプレゼントに何が欲しい?」
思いも掛けない言葉を振られた事に、プロトタイプであるバイオノイドは僅かに目を剥いて驚いた表情を見せた。人間らしすぎるその反応。これが作られた生命体だと誰が思うだろう。
「先輩が何かくれるんですか?」
「あいつらみたいに強欲な事言わないでくれるならな」
親指で指す先にいるのはアズマに群がる青い戦車達だ。
優雅な仕草で考えるそぶりをみせるプロトは、ややして目をゆっくり細めた。
「ではトグサ先輩の髪をくれませんか?」
「髪?」
予想もつかないリクエストに、トグサの声がひっくり返る。
「髪ってこの髪の毛の髪か?」
「はい」
笑顔でそう答えるプロトに、端で聞いていたバトーが呆れた顔をしながら寄ってくる。
「まさか、お守りにでもしようなんてネットの海で変な知識拾ってきたか、タチコマと並列化とかしたんじゃねぇだろうな?」
と口に出してからバトーは考えを改めた。
「・・お守りにするならトグサの髪なら逆効果だな」
「それ、どういう意味だよ、旦那」
貫通恐れて撃ち漏らす。潜入捜査には失敗する。襲撃現場に居合わせて撃たれて重体になる。過剰防衛で告訴される。どう考えても災厄招来といったところだ。
「お守りという意味なら、少佐の髪の方が御利益ありそうですね」
プロトの言葉に、二人はふと考え、そして無言になった。
確かにそこいらの寺社のお札なんかより効能がありそうだ。だが、逆にありすぎて呪われそうにも思えるのは気のせいか。
「まさかお前、それを藁に仕込んで5寸釘を・・!? で、トグサ亡き後の9課の椅子を狙ってんだな?!」
タチコマを振り切ったアズマが、プロトの奇妙なリクエストを聞きつけて食ってかかる。
「あぁ。そういう使用法もありますね。じゃああなたの髪も下さい」
勿論彼が所望したアズマの髪の使用用途はアズマが告げたものになるのは確かだ。
「別にこんなのでいいなら構わないけど、一体どうするんだ?」
癖っ毛の自分の髪を1つまみ摘んで、トグサは首を傾げる。どう考えても何に役にもたちそうにない。
「僕みたいに作られた存在には、先輩達のように生まれながらに持ちえる生命の螺旋、その欠片でも身近に感じていたいんです」
彼がバイオノイドだという事は個別の11人の事件の折りに周知の事となった。以降、プロトは自分の正体を特に隠そうとしない。別に卑下している訳でもなく事実を述べているだけなのだろうが、自分の立場を自覚しているその言葉は時にトグサに痛かった。
顔色一つかえず穏やかな顔でそう述べられては、返す言葉に詰まる。
辛そうな顔をしているのが分かったのか、プロトの手がトグサの髪に触れる。そして小さな痛みがこめかみの付け根のあたりに走った。
「じゃぁ先輩からのプレゼント、ありがたく頂きますね」
トグサの表情に触れる事なく、プロトがやや悪戯めいて色を浮かべ目を細める。その指には緩く癖のかかった栗色の髪が絡まっていた。
「プロト、お前、それをどうするつもりだ?」
勝手に自責の念を感じて打ちのめされている相棒に代わり、バトーが尋ねる。その表情が心なしか険しく見えるのは気のせいではないだろう。最近ようやくこの外見が整ったバイオノイドが相棒にどんな興味を抱いているかおぼろげながらも認識しつつあるバトーとしては、彼の言葉を素直に受け取る事に警戒を感じていた。
「どうって、生命の織りなす螺旋を身近に感じていたんです」
「じゃぁ聞き方を変える。それをどこに持っていくつもりだ?」
バトーの指摘にプロトの表情が僅かにたじろいだような気がした。
「・・赤服の皆さんの所ですが」
赤服。子を見れば親が分かるというが、彼らが関与したプロトやタチコマの現在の形を見れば、彼らの正体も自ずと見えて来るというものだ。
嫌な符号と自分の髪が合わさった事にトグサは俄に不安を覚えた。いや、時々奇妙な行動をとるこの後輩が自分に害が及ぶような事をした事はない。・・筈だ。
「赤服達がトグサの髪をどうするんだ?」
不穏な話の展開にバトーの声色が確実にトーンダウンしていく。だが、そんなバトーにプロトは平然として答えた。
「トグサ先輩の髪を、僕を製造した時にベースとした塩基配列と合成して貰うんです」
「塩基配列・・ってちょっと待て、それって・・」
バトーだけでなくトグサも、そしてアズマも顔から血が引いていく。今プロトが説明しているプロセス。それはつまり・・
「あー! プロトくん、ずるいーっ!」
「なら僕らはバトーさんから体を構成する部品をプレゼントで欲しいーっ!」
「そしたらマツイさんとこに持っていって僕たちの次世代機を作ってもらうんだ」
「つまり、僕らとバトーさんとの子供だね!」
「バトーさん、部品ちょーだいー!」
わいわいと騒ぎ出すタチコマ達の声など人間組には聞こえていない。
本来子は父親と母親のDNAを受け継いで産まれてくる。
トグサの髪から抽出したDNAと、プロトの基礎となっている塩基配列。それを掛け合わせるとはすなわち二人の子供を合成するという事にならないか?!
勿論プロトはバイオノイドである為、彼の細胞の中にある核は通常人間が持つDNAの役割を果たしていない。いわば偽物だ。だが偽物だろうとプロトという例があるように人間の形をした存在を作り出す事が出来るとなれば、それも不可能ではないのか?
「ちょちょちょちょっと待てーーっ!!」
想像がたどり着いた恐ろしい結果に蒼白になる3人の制止を無視し、プロトは足取り軽く戦利品を手にラボに帰っていく。その後を追いかけようも、バトーとの次世代機という夢を抱いてしまったタチコマ達の妨害によって彼らの行く手は遮られてしまっていた。
「じょ・・冗談がすぎるなぁ、あいつも」
やや引きつって笑うトグサだが、バトーもアズマもそれが冗談などではない事を知っている。
あの壊れバイオノイドなら喜んでそれを提案するだろう。そしてそれに対し赤服達が下す結論は・・
怖すぎて想像したくない。
かつてエルサレムの地に生誕したキリストも、彼の生誕を祝う贈り物が時を越え、生きた人間のDNAを使った生命創造の禁忌に抵触する事になるとはつゆほども思わなかっただろう。
天使に祝福を受けたその赤子の出生を願ったおめでたい日に、外見だけ天使に望まれた人工生命体の不出生を願うとは何とも皮肉は話だが、ラボに残された人間達は、今はただ赤服達の良心と宗教心に祈りを託すしかないのであった。
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一体何がいいたいのやらなオチが弱すぎますが(汗)
というかプロトの細胞構成とかって一体どうなってるんですかねぇ?
全く謎です。という訳で↑はでっちあげですのであしからず・・(汗)
所で上げる直前になって気づいたんですが。
って事は、この話はGIG2以降みたいですが、その時点でタチコマいないじゃん・・!!(滝汗)
えーとえーとえーと・・・・・
ラボにタチコマのバックアップデータがあって、それを元に復元された三代目って事にしてやって下さい・・orz
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