A day in the their's Life
Act.1 "Love Letter"

ぱたむ さま




『どうせ昼まで起きないし、立てないだろ。
 先に出る。
 飯はちゃんと食え。

 愛してる。』


 覚醒し切っていない頭で、そんなメモを見つけた時のことを想像してみて欲しい。文面も大いに問題だが、まず何より先にこんな書置きを残した奴の見てくれが問題だ。
 どんな顔して書いたんだよ。馬鹿か?
 寝起きにあんまり色んな事を考えさせなるな。人の身を案じているのか、馬鹿にしているのか、事実を伝えたいのか、気遣ってるのか、…。
 何だその最後のは。
 考えるのが面倒くさくなって、またベッドに戻ろうかと本気で思った。
 何だよそれ。
 如何にもらしくペンが添えられているメモ用紙は、半分以上が空白だった。こんなもの捨ててやろうと思い、取り上げてくしゃくしゃに仕掛けたところで、やめてしまう。そして、わざとだろうと分かっているのに、そのペンを取ってしまう。
 何て書くつもりだ?
 書いては消し、書いては消しとしているうちに、紙面は消し跡だらけになり、とうとうほんの一言しか書くスペースが無くなってしまった。
「…。」
 今の今まで勢い良く、相手を誹謗するようなことを書き連ねていたのに、ペン先はピクリとも動かない。
 結局。

『俺も。』


 出掛けに、とんでもなく面白そうな悪戯を思いついた。走り書きしたメッセージの下に、目立つように、でも何でもないように、「愛してる」と。起き出してきて、そのメッセージを見て、どんな顔をしただろう?
 今日は早出だったので、いつもより帰りが早かった。あいつが帰ってくるまでに、偶には手の込んだ肴でも用意しといてやるかと思いながら玄関をくぐる。リビングの入り口の傍の照明のスイッチを入れると、テーブルの上に見慣れないものが置いてあるのに気がついた。
 朝、書置きを残した紙がそのまま置かれていた。しかし近づいてみてみると、朝とはだいぶ様子が違っている。まず、紙はくしゃくしゃ。そして、黒い油性マジックでぐしゃぐしゃと消した跡。それも沢山。自分のメッセージの下半分、白紙だった筈の部分が、殆ど消し跡で埋まっていた。何度も何度も悪口を書いては、消した跡。
 思わず笑いがこぼれる。これだけでもう十分なのに。あいつはこの位じゃ満足しなかったようだ。ほんの端に残った小さな空白に、「俺も」だなんて。何だか力が抜けてしまって、その場にしゃがみ込んでくつくつ笑う。
 だめだ、止まらない。
 まず返事なんか書いてくれるとは、あまり思っていなかったし。もしあったとしても、『愛してる』と書き返すことはゼッタイに無いだろうと思っていたけれど…そうくるとはね。予想もしなかった。
「やることが図体と釣り合ってねぇよ」
 今夜は肴だけじゃなくて、とっておきの酒も用意しようか。だから早く帰って来い。


「まだ起きてたのか」
 用事があって帰るのが遅れると連絡があったのは、大分前。少々待ちくたびれてしまって、リビングで先に酒を飲んでいた。
「こんなもん置いてかれちゃな、眠れねーよ」
 そう言いながら、指先に挟んだ紙切れをひらひらと揺らして見せた。
「…!っ、馬鹿それっ…」
 バトーは一瞬怪訝な顔をした後、すぐにその紙片のことを思い出した様で、奪い取ろうと慌てて飛びついてきた。寄越せ、返せと喚くバトーをひょいと躱す。顔が笑っているのが自分でも分かる。
「な、コレ言ってみろよ」
「は?」
 何とか紙切れを奪い取ろうとするうちに、バトーにソファーの上で押し倒されるような格好になっていた。メモを握った手を頭上に伸ばすと、それを追うようにバトーの手も必死で伸ばされる。
「ナマで聞きたい」
「言えるか馬鹿!!」
「どうして?」
 乗っかられたまま暴れられると流石に重い。苦しい。空いた手でバトーの尻臀をぎゅっと掴んでやると、幾分大人しくなった。
「じゃぁ、俺も言うから」
 それでアイコだろ?
「愛してる」
 耳元で吐息を吹き込むように、言い聞かせるように。びくりと背筋を震わせて、バトーは思わず服を握り締める。
 返事は?
 促すように額に口付けて、待つ。焦らせない。待っていれば必ず言う。
「…俺も」
 ほら。顔を真っ赤にしながらも、ちゃんと言うだろう?押しにもそう強いわけじゃないが、引かれるのにはもっと弱い。引いて待っていれば必ずついて来る。でもまだ。まだ足りない。肝心のもう一言が。
「愛してる」
 位置をくるりと入れ替えて、ソファーに押し付ける。シャツのボタンに手を掛けるが、それをやんわり阻まれた。
「疲れてるんだ」
 ため息とともに絞り出される声に嘘は無いようだった。拒絶するように視線も逸らされる。早く休ませてやりたいと思わないなんて事はない。とっとと風呂に入れてベッドに放り込んでやりたいと思う気持ちは本当にある。それに、イヤだと拒絶することはしょっちゅうだが、こうやって本当に疲れた表情をして、訴えてくることは稀だ。でも…。
「一回もできない位に?」
 どうしようもない。堪えることが出来ない。尚もそう食い下がる言葉が口をついて出てしまう。張り詰めたものが一瞬、二人の間を掠める。噛み合った視線は冷たくも暖かくもあった。
「…俺は明日仕事なんだからな。考えてやれよ」
「俺だって仕事だぜ?」
「俺とお前じゃダメージの量が違うだろが」
「明日は出る時間同じだろ?ちゃんと送って行ってやるから立てなくても大丈夫」
 それを聞いてばたばたと暴れだしたバトーを難なく押さえ込んで、少し笑う。
「冗談だ。ぐっすり眠れる位にしといてやるよ」
「嘘くせぇ」
 結局いつもわがままを言ってしまうのはどちらだろう?それを笑いながら許してしまうのはどちらだろう?
「でもお前、ココはやめろよ」
 狭苦しくてイヤだと言うので、ベッドへ移動することになった。その前に、洋服は邪魔なものであるので剥いでしまうことにする。手馴れたものでサクサクと剥いでいくが、シャツを脱がしかけたところで考えを改める。脱がしたシャツを放らずに、そのまま腕に巻きつけて後ろ手に縛ってみる。
「おいこら!何だこれは!!」  流石上物。丈夫さが違う。さらに巻き方も工夫すれば、こうしてサイボーグを拘束することだってできる。
「いい加減にしねぇとっ…!?」
 とは言っても、こんなごついサイボーグに本気で暴れられたんじゃ、持つ筈が無い。早急にベッドに放り込んでしまうに限る。よいしょ、と小さく声を掛けて肩に担ぎ上げると、「じじいめ」と一言ツッコミを入れてから下ろせ放せと騒ぎ出した。
「なぁにが『疲れてる』だ」
「身の危険が迫ってるのにのんびりしてる奴があるか」
「別に危険じゃねぇからのんびりしてろよ」
 ベッドに辿り着く前に、テーブルの上の酒や肴が勿体無いなあと思ったが、後でまた食えばいいかと思い直す。事後、腹が減ったと騒がれても大丈夫だ。ベッドに優しく横たえ口付けを落とそうとするが、むずかって顔を背けてしまった。
「コレ外せって。このままじゃ…」
 失敗した、というような顔をして、そこで口を噤んでしまう。
「何?」
 今日はまた随分と、いつもは腹のナカに溜めてるものを見せてくれる。まだ何か出てくるのだろうか?見たい。全部見たい。吐き出してしまえ。
「遠い」
 その言葉に、いつもの様子が思い浮かぶ。出来得る限り必ず首に背中に腕を回してくる。それが叶わない時でも、身体のどこかに手が触れている。
「…って、外したらまず殴ってやろうとか思ってるだろ」
「当たり前だ」
 ほらな。もういい加減長いんだ。気まぐれの恥ずかしがりが、うっかり真面目言ってる時とか、飽きてふざけてる時とか、そういう細かいスイッチなんて全部お見通しだ。上手く切り替えられない時だって分かる。手助けしてやることもあれば、わざとそのままにしておくこともある。
「ダメ。外さない」
「背中が痛い」
「じゃあ、お前が上」
「安定しないから危ない!」
 疲れてるどころかえらい元気じゃないか?と言いたくなる程暴れてくれるが、両手を封じてあるので扱いが容易い。ベッドの上に座り直して、さらに自分の上に向き合うように座らせる。
「なぁ」
「ん?」
「俺帰ってきたばっかりだぞ?」
「うん」
「…シャワーも浴びさせねぇのかよ」
「新手の冗談か?」
 もうごねるのやめにしようぜ。ぐずってばかりじゃいつまでたってもこのままだ。こんなメモを残して、尚且つ言ってくれたんだ。縛っといてなんだけど、これ以上酷い事なんてしないから、そろそろ任せてくれないか?
「もーいい」
 やっと折れてくれた。ありがとう。
「愛してるよ」
 そして、今晩初めてのキスをする。どちらもそれを待ちわびていた事は、結構前から分かっていたりする。