A day in the their's Life
Act.2 "Bad trip"

ぱたむ さま




 帰りが遅いと気を揉んでいたところに、玄関から騒々しい音が聞こえてきた。何事かと思って急いで外を窺ってみると、どうやらご帰宅の様子である。遅かったじゃないか、なんて、暢気な挨拶が出てくる筈も無い。その騒々しい帰還から、何かおかしいとすぐ気付く。
「おい!」
 ドアを引き千切りそうな勢いで開けると、バトーがぐらりと倒れ込んで来た。抱きとめて取り敢えずうちの中に引き込む。
「おい、大丈夫か」
 尋ねてみてもきゅっと抱きついてくるばかりで何も言わない。…心なしか少し震えているような気もする。呼吸も荒い?このまま立っているわけにもいかないので、バトーを抱え込んだまま、そろりと床に腰を下ろす。
「一体、何を…」
 さっと見回しつつ、有線で繋ぐ。見たところ、なにか外的なものが要因になっている様子はない。薬でも打たれたか?急いで、バトーの身体に何が起こっているのかを探ってみる。
 人工皮膚や筋組織、循環液にも特に変わった様子は見当たらない。それ以外に怪しいものがあるとすれば…腹か肺か?消化器系には酒とつまみの類と…普段と何も変わらないものを食べただけのようだが…。いや、数種類、見慣れない化学物質が少量紛れ込んでいる。組み合わせからいって、純度の低い催淫剤。いくら精製状態の悪い粗悪品を飲まされたとて、これら個々の物質ならバトーの分解プラントで難なく分解してしまえる。
 ただ今回は組み合わせが悪かった。思わず舌打ちをする。酒の成分と精製の甘い安物の薬の成分1つが、分解プラントの力を借りて平衡反応を起こし、腹の中をいつまでもぐるぐると回っている。下手に純度も値段も高い珍しい薬を使われるより、こういう質の悪い安物を使われた方が危険な時もある。気をつけなくてはいけないところだ。その成分はほんの少しづつ無害な物質に変えられていっているものの、全てを分解するにはまだ相当な時間がかかるだろう。
 吐き出させたほうが早いか?  そう考えていた矢先、バトーが這い登るようにして耳元に唇を寄せてきた。
「して」
 殆ど吐息のような掠れる声でそれだけ言うと、びくりと小さく身体を震わせ、耐え切れない何かに抗うように肩口に噛み付いてくる。
「でもお前、ここじゃぁ…」
「…ぃやだ!も、我慢できな…っ」
 バトーは首を振って必死にそう訴える。俺の服を握り締めている手は力の入れ過ぎで、白くなって震えている。
「頼む。助け…」
 絞り出される声は、ようやっと聞き取れるほどの弱々しさ。語尾に至ってはもう消えてしまっている。思わずため息が出る。この状態でいきなりというのは気が進まない。しかしバトーは限界だろう。今はきっと何を言っても聞かない。
「ここでいいんだな?」
 言うが早いか、抱きとめていた腕の内から飛び出すような勢いで、自分から上に乗り上げてしまった。


「…っ…ん」
 制止も聞かずどんどん事を進めるバトーは、玄関の薄明かりの下でひどい姿になっていた。上は帰ってきた時と変わらず、襟元を少し乱したまま。そして下は、全て脱ぎ去ろうとして失敗して、片足の先に引っ掛けたままになっている。
 本当に限界だったようで、収めて幾らもしないうちに果ててしまった。大きく背をそらせた後、全身の力が抜けてしまったかのように前にぐらりと倒れてきたので、慌てて支える。ゆっくり胸の上に横たえてやると、その浅く不規則な呼吸が良く分かる。なかなか治まらない。宥めるように背を擦ってやると、少し落ち着いた。
「…足りない。もっと」
 服をぎゅっと掴んで懇願する声は、まだ苦しそうだ。お互いの腹の間に挟まれたものは、既に硬度を取り戻している。
「ナニ飲まされたんだお前?」
 思わず訊いてしまうが、今のバトーにまともな思考能力は無いだろう。よって答えられるわけが無い。焦れたバトーが胸に手をついて起き上がり、また動き始めた。
「まてまて。ココじゃ背中が痛いって」
 今日は終わるまでうんと時間がかかるだろう。ココでそう何度もやっては、こちらの方が持たない。
「掴まってろよ?」
「!?…うぁ…やっ…」
 繋がったまま落ちないように、バトーの尻をしっかり支えて起き上がる。不安定な姿勢に怯え腕も足も絡み付けてくるが、薬の所為でその力は弱い。しかし怖がっていたのも抱え上げられる時だけだった。すっかり立ち上がってしまうと、どうにかして刺激を得ようともがきだした。
「早く」
 歩きにくいからじっとしてろと幾ら言い聞かせても全くダメ。さらには顔中にキスをしてきて急かす。いつもこんなだったらいいのにという気持ちが半分。こんなの毎日やってたら本気でヤバイから、今日だけのことでよかったと思う気持ちも半分。イヤだやめろと暴れるのも、欲しいもっとと騒ぐのも、それ以外のも、あるだけ全部欲しくなるだろ?
 そうこうして、やっとベッドに行き着いた。
「よし。後はいくらでも」
 ベッドに下ろすとすぐに噛み付かんばかりの勢いでキスをしてくる。期待に存分に応えてやりながら、緩く腰を動かすだけでその背がびくびくと反る。
 行為に没頭してしまう前に思う。この薬の詳細と、使った奴については早急に調べねばなるまい。この薬を意図的に使ったのだとしたら問題だし、薬の詳細については後々役に立つかもしれない。


 翌日の『9th Heaven』にて。 
 関係者専用の裏口のドアを、若い男が叩く。開店の準備を進めていたイシカワがそれに気づいてドアを開けた。
「あ、イシカワさぁ〜ん、おはようございます!」
 今時の若い者にしてはきっちり挨拶をする男は、イシカワの良く知る人間の身内だった。バトーの同居人の部下である。
「あ、なんだ?」
「今ボスから連絡あったんですけどぉ、バトーさん、今日お休みだそうです」
「んだと!?」
 鷹揚に用件を尋ねたイシカワは、男が持ってきた伝言の内容を知って顔色を変えた。ナンバーワンホストののバトーがいるといないとでは、店の売り上げに大きな差が出る。
「ちなみに、ボスとそろってお休みですっ!」
 男は良かれと思って言ったらしいが、何故二人揃って休むかの理由に思い当たったイシカワはついに切れた。
「…ふざけるな! 馬鹿かあいつらは!! 叩き起こして来い!!!」
 個性派揃いのホストを束ねる敏腕マネージャーとは思えないイシカワの激昂ぶりに、哀れなメッセンジャーは脱兎のごとく逃げて行った。

「昨日のあの様子じゃ、どーせ使い物にならんだろ。邪魔だ、寝せとけ」
「もう来んな」
「…(ショック状態に陥り、よろよろと倒れた人)」
 等々、他の皆さんの温かいお言葉のおかげで、件の二人はゆっくりと(半ばうなされつつ)惰眠を貪る事が出来たのでした。
 めでたしめでたし。
 後でお咎めがあったかどうかは知りません。…が!あった方が楽しいので、きっとあったことでしょう。