A day in the their's Life
Act.3 "Kiss of life"




 起きるのはいつも俺の方が先だ。バトーの方はというと、飯が出来た頃に半分寝ぼけたまま、のそのそと起き出してくる。しかし今日は飯が出来ても、それを知らせても、中々起きて来なかった。
「おい、いい加減起きないか」
「…ん」
 部屋の入り口から呼びかけても、ベッドに俯せたまま元気の無い返事をするだけ。起き出してくる気配が無い。近づいてベッドに腰を下ろし、暫く待ってみても、やはりピクリとも動かない。取り敢えず散らばっている髪を括ってやりながら、様子を窺う。
「いつまで寝てる気だ」
 出来上がったしっぽを軽く何度か引っ張ってみる。いつもなら「やめろ」「触るな」と騒ぎ出すのだが、小さく唸るだけで身動ぎもしなかった。
 何だろう。風邪か?額とか触ってみるか?ひえ○タ貼る?まさかなぁ…。
 ちょっと手荒い手段を試してみようか。勢い良くシーツを剥ぎ取って、バトーの硬い尻をきゅっと抓ってみる。
「…っ、てぇ!!」
 お、起きた、と思う間も無く、上半身を捻ってこちらを振り向いたバトーに枕で殴られた。かなり怖い顔してる。何度も枕で殴られながら一先ず安心した。安心したら何だかげらげら笑ってしまって、さらに枕で殴られまくってしまった。
「風邪でも引いたのかと思った」
「引くかよ馬鹿」
「看病とか一遍してみたいんだがなぁ。仮病でイイんだけど?」
 いつものように馬鹿だ何だと騒ぎ出したのを見て人心地つく自分に少々呆れる。ま、元気なのは何よりだ。そんなことを思っていると、また急に大人しくなった。
「てめぇ、仕事のある日は加減しろってあれ程言ってんのに…」
 今度は俯き小声で、畜生だのクソったれだのぶつぶつ言う。
「何だ、起きられないのか」
「誰の所為だと思ってんだ、誰の!」
 起き上がれないものの、元気は有り余っているらしい。両手を振り回して暴れだすのをハイハイとあしらう。
「ったく、起きられないなら起きられないってさっさと言えよ」
 ひょいと肩に担ぎ上げてリビングに移動する。必死でシーツを掴んで巻きつけているものの、その大部分はズリズリと引き摺ってしまっている。うっかり踏ん付けて転びそうになった。危ない。


「お前今日帰り何時だ?」
 ネクタイを結んでやっているとそう尋ねてきたので、応えてやる。昔ふざけてネクタイを結んでやった時はかなり嫌がったものだが、大人しく座ってりゃやってくれるということに味を占めたらしく、今では「自分でやれ!」って言ったって、こうして椅子に座って待っている。お前幾つだよ。
「俺もその時間だから、迎えに来い」
 はいはい。いちいち言われなくても、迎えに来ないわけが無いじゃないか、とは言わない。そんなことを言えば、二度と迎えに来いなんて言わなくなってしまう。
「ん、よし出来た。じゃ、行くか」
 勢い良く手を引っ張って椅子から立たせると、ふらりとよろけて倒れ込んできた。
「…大丈夫かよ?」
「心配する位なら、ちったぁ考えろ」
 それは無理な話。休ませることも考え始めたが、そういう心配そうな表情を見せると「もう大丈夫だ」とか言って、さっさと玄関の方に行ってしまった。慌てて上着を引っ掴んで、戸締りなんかの確認をして、後を追う。途中でこけたりなんかしやしないかと気が気じゃない。


 車中、言葉は少ない。それぞれが思いついたことをぽつぽつと喋るのが常だ。仕事に向かう道中なんてものが心から楽しい訳が無く、それも理由ではあるのだけれど。
「じゃ、帰りな」
「ん」
 車から降りる前に車中で軽くキスをする。この挨拶代わりのキスだけは、不思議なことに躊躇わずしてくる。疑問を差し挟む間もないほど、習慣になってしまっているらしい。


 いつも通り裏口付近で待っていると、バトーと一緒に見慣れない人影が顔を出した。
「こないだ言ってた新人か?」
 車に近寄ってきたバトーに訊いてみる。確か、新人の教育係を任されたとか言ってなかったか。
「そうだ」
 さらにその新人の隣に出てきたのは、パズか?新人に何か耳打ちしているようだ。
「『アレがバトーの旦那だぜ』とかなんとか教えてんじゃないのか?」
 助手席側に回ろうとしてる時にそんなことを言われて、勢い良く振り返って抗議しようとしてきたところを捕まえる。左腕と腰を一緒にがっちりホールドして、右手首を掴み、車に押し付けるように軽く口付け。
「あ、目ぇ丸くしてるわ」
 今のを見て新人はどんな反応をしただろうかと振り返ってみれば、魂の抜けてしまったような体で固まっている。ほんの挨拶代わりの冗談のつもりだったんだけど…。ちょっとやりすぎたか?
「な、こんなとこでいきなりっ…!!」
「ちょっとした冗談だって」
 騒いで手がつけられなくなる前に助手席に押し込む。運転席側に戻りながら再度新人の様子を窺がってみると、まだ固まったままだった。そんな可哀想な新人にばいばいと手を振ってみるが、やはり反応は皆無。…ほっといて帰って大丈夫か?そんな新人を見ながら、とても初々しいなと思う。懐かしい反応だ。パズなんてとっくの昔に帰っている。ま、あいつに関しては元からそういう奴だったか。
 帰ったら機嫌を直すことから始めないとなと考える。その為に、今日は何をしてやろうかと帰りの車中でアレコレ画策するのも、結構楽しい。隣でそっぽを向いている怒れる恋人だって、心の中で散々悪態をつきながらも、同じようなモンだろう。
 目の前の信号が、赤になったらそこでキス。青のままなら家までオアズケ。