ボーマに目線だけで促されて裏口へ行くと、そこには半ば闇に溶け込んだ人影があった。まともな光源も無い裏口周辺は薄暗かったが、その人物が誰であるかは容易に分かった。それは視覚が並外れて強化されているという理由からだけではない。
マルコは通路の壁に凭れて紫煙を燻らせていた。暗がりの中、煙草の先の小さな火だけがはっきりと浮かび上がっている。
普段何か極秘裏の連絡事項がある時には、セキュリティ面に関して一番信頼の置けるこの店内でイシカワが対応する。そして今日のようにイシカワが出ていない日は、代わりにバトーが対応している。
マルコは近づいてきたバトーに無言で煙草を差し出した。同じく無言のまま、一本拝借して咥えたバトーは、それをマルコの火に近付ける。一瞬、二人の顔が闇の中に浮かびあがった。
マルコから少し離れた逆側の壁に身を凭せ掛けて、バトーは煙を一つ吐き出す。
「で?」
用件は何だと促すバトーに、マルコは少し間を置いてから話し始めた。
「ネズミが2、3入り込んでる」
そこでまた一旦言葉を切る。
「どこのネズミか、その目的が何なのかもまだ分からん」
「らしくねぇな。害獣駆除はお前らの仕事だろ?しっかりやれよ」
バトーは鼻で笑いながらマルコを咎めつつ、内心ではネズミの心当たりを探っている。マルコが掴みきれないネズミというのが気がかりだった。イシカワにも電通を飛ばす。
マルコに何か渡せる情報があるなら渡したいところだったが、生憎バトーもイシカワも役に立ちそうな情報を持ってはいなかった。
「ま、時間の問題だろ。このシマで好き勝手はさせねぇよ」
軽く言ってから、マルコは大きく紫煙を吐き出した。そして再び静寂の闇が訪れる。時が動いていることを証明するのは、二人の煙草の小さな火と、立ち上る煙だけ。
やがてマルコが傍にあった灰皿に煙草を揉み消した。
「用心だけはしといてくれ」
「…分かった」
ゆらりと壁から離れたマルコはそのまま裏口から出て行く。それを見送るでもなく、バトーも煙草を揉み消し店内に戻っていく。後に残された煙の筋も、すぐに闇に溶けた。