「いらっしゃい…何だ、あんたか」
「随分なご挨拶だな」
ドアを開けて入ってきたのがマルコだと知って営業用の顔を引っ込めた店主を見て、マルコが苦笑する。
「今日は冷やかしじゃねぇ」
「そりゃ珍しいこった…で、何がいる?」
マルコが珍しくも客として来たと知った店主が、鷹揚に尋ねた。
「手枷と足枷、首輪に繋ぐ鎖。大型犬用の頑丈なやつを頼む」
「捨て犬でも拾ったか?」
店主がにやりと笑った。
「うちの顧客リストを覗いたことは貸しひとつな」
やっぱりばれていたかと、マルコは小さくため息をついた。
あまり繁盛していなさそうなこのペットショップには、知る人ぞ知る別の顔がある。いつも空っぽの大きなケージに納められる『商品』は、子犬や子猫ではない。好事家のために調教された『犬』の情報だったり、また『犬』そのものだったり。
店主のイシカワは裏世界に構築された好事家のネットワークの管理人も務めていて、犬のトレーナーでもあるマルコに仕事を回してくれる相手だった。
「手枷、足枷、鎖…と。他にいる物はあるか? サービスするぞ」
裏稼業用の商品を納めた棚からマルコの注文した品を取り出しながら、イシカワがにやりと笑った。
「あんたのサービスは怖いな…頼めるなら、バトーって犬の情報が欲しい」
「…あれをあんたが拾ったのか」
イシカワが小さくため息をついた。
「あの犬、ここで扱ったやつだろ」
バトーがしていた首輪はこの店の商品で、だからマルコはここに来た。
「確かに首輪はうちの商品だがな、あの犬は俺が売ったもんじゃない」
イシカワの不可解な言葉に、マルコは首を傾げる。
「どう言う事だ?」
「あいつは志願組でな、少佐が直接仕込んでる」
『犬』はその来歴から二種類に分けられる。自ら進んで犬として生きることを選んだ者と、素質を見込まれて本人の意思とは関係ないところで犬と定められた者と。このイシカワの店に並ぶのはほとんどが後者で、マルコはその調教を請け負うのが生業である。
レジの脇に置かれた端末を鮮やかな手つきで操作したイシカワが、ある画面をマルコに見せる。バトーの経歴だった。
(こりゃまた、すげえ犬だ)
軍の中でも少数精鋭で知られるレンジャー部隊への参加テストをクリアし、国内外で活躍したと言うバトーは、ちょうど3年前突然除隊していた。
記録の中で最後に所属していたのは、飼主だった草薙少佐の率いる小隊で。おそらくその時に彼女の犬として生きることをバトーは選んだのだろう。
「…悪いことは言わない、あいつはやめておけ」
「俺なら、気にしないが」
普通、主人が手放した犬が新しい主人に巡り合うことはほとんどない。犬が性的な愛玩物である以上、他人のお古を喜ぶ人間は少ないからだ。
「あの犬をすすめないのには、まだ理由があってな」
浮かない顔のイシカワが続けた。
「あれの主人だった草薙少佐の義体は国家機密の固まりでな。その行方を軍が未だに血眼で追ってる。あいつは少佐の『同居人』と言うことで、連行されて調べられたそうだ」
「知ってる」
バトーを拾ってからというもの、消えることなく執拗にまとわりつく気配をマルコは感じていた。おそらく軍の連中に監視されているのだろう。
(…馬鹿な連中だ)
バトーの口を割るのは痛みでは無理だ。バトーの義体では痛覚を切る事も出来るし、元々痛みにも強いタイプだろう。
事実、連中がバトーをゴミのように放り出したのは、欲しい情報を引き出せなかったからに違いない。
(俺なら、もっとうまくやるがね)
バトーは痛みには強いようだが、快楽にはそれほど耐性がないように思える。そこを上手く突けば、堕とすことは容易だろう。
(泣かせてみたい)
あの無口な犬を堕として慣らして自分だけのものにしたい。今まで仕事として何頭もの犬にかかわってきたマルコだったが、そう思うのはバトーが初めてだった。
「…あれに惚れたか?」
マルコの心を読んだように、イシカワが笑った。
「かも、な」
犬が欲しいのではなく、バトーの主人になりたい。それだけあの犬に惚れこんでるのだと、ようやくマルコは自覚した。
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