仕事でヘマをやらかしたのは、確かに自分が悪い。
だからと言って、こんな不条理な目に合わされてもいいものだろうか?
トグサは心底そう思った。
ヘマの埋め合わせに、『何でも言うことを聞く』という約束をして、相棒のセーフハウスに連行された。
「ほい、これやるよ」
妙にご機嫌なバトーに押し付けられたのは、大きさの割にはやたらと軽い平たい箱だった。
「…何、これ?」
一抹の嫌な予感を抱きながらトグサが箱を開けると、入っていたのはきらびやかな紅い布で出来たもの。
「まさかとは思うが、これを俺に着ろと?」
「もちろん」
即答されて、トグサは倒れそうになった。
「チャイナタウンで潜入捜査することもあるかもしれないし、着慣れておいたほうがいいだろ?」
「どんな捜査だ、それ」
箱の中身を出したトグサは、今度こそ目の前が暗くなった。
手の込んだ刺繍を施された光沢のある布で作られた真紅の衣装は、どう見ても女物のチャイナドレスで。
「ダンナ、怒らないから正直に言えよ。俺で遊びたいんだろ」
「…ばれたか」
悪びれもせずに笑ったバトーを見て、トグサは深いため息をついた。
「トグサー、着たか?」
「…ちょっと待って!」
お互いの裸など飽きるほど見た仲でも、さすがにこんなものを着るところは見られたくないトグサは寝室に籠っての着替えを要求したのだが、勝手の違いに困っていた。
足が出ない長さの丈だったのは助かったが、袖が短いのと仕立てがぴったりとしているために、中にシャツを着ることが出来ない。
とりわけ困ったのが、両脇に開いている長いスリットだった。きわどい位置まで開いているため、そこから見える自前の下着が間抜けでバトーに見つかったら何を言われるかわかったものではない。
「…何だそりゃ?」
案の定しぶしぶドアを開けて見せると、バトーが顔をしかめた。
「萎えるもん穿いてんじゃねえよ。脱げ」
「ちょっ、ダンナ…っ!」
トグサの抵抗空しく、下着は剥ぎ取られてしまった。
「信じらんねえ、そこまでやるか?」
「こういうことは形から入らないとな。次は頭だな」
「えっ? …わっ!」
腕を引かれてベッドに座らされると、傍らに座ったバトーがヘアブラシを取り出した。
「じっとしてろよ」
バトーの大きな手がトグサの髪を丁寧に梳かして、綺麗に結い上げていく。
「何だか、意外」
「惚れ直したか?」
「…馬鹿言うな」
憎まれ口を叩いてみたものの、バトーの事を見直したのは事実だった。
「あとは…ちょっと我慢しろよ?」
「…もうどうにでもしてくれ」
バトーが脇から取り出したものを見て、トグサは投げやりに目を閉じた。
どこから調達してきたか怖くて聞きたくもないそれは、化粧道具一式だった。
「いい覚悟だ。ちょっと目を閉じてろよ」
鉛筆のようなもので瞼の縁をなぞられ、唇に何かを塗られた。
「…よし、出来た。見てみるか?」
「別にいいよ・・・」
いつの間にか、トグサの前に姿見が置かれていた。
鏡の中に居るのは、ベッドに座ったチャイナドレス姿の自分だとわかっているはずなのに、目が離せない。
丁寧に梳かして結い上げられた髪は、中国風にまとめられている。目元と唇に載せられたのは服と同じ紅で、上目遣いに伺うさまは違う人間を見るようだった。
「どうだ、そそるだろ?」
トグサの背後に回ったバトーが、にやりと笑った。
「…そろそろ俺と遊んでもらおうか、お嬢さん?」
「いつもより気合入ってねえか?」
「うる…さい……」
ベッドに座ったバトーの膝の上で、トグサは身悶える。
脱がせるのがもったいない、とドレスのあちこちから手を入れられて素肌を撫で回されるのはけっこう効いた。
「んっ!」
ぬるりと潤滑剤を纏ったバトーの指が最奥を探る感触に、身体の力を抜いて協力するコツはすっかり覚えてしまった。
「ちょっと持ってろ。入れるぞ」
耳元で囁いたバトーが捲り上げたドレスの裾をトグサに持たせると、トグサの腰を掴んで持ち上げた。トグサを裸にしないでこのまま身体を繋ぐつもりらしい。
「はぁっ…」
大きく息を吐きながらバトーを自重で体内深く迎え入れると、トグサは目を閉じて異物感に身体が慣れるのを待った。下になるよりも、奥まで銜え込む形になるこの体勢は、トグサにとってはいつもよりも感じるが正直言って結構きつい。
「トグサ、目ぇ開けてみろ」
「…何?」
バトーの言葉にそっと目を開けると、ベッドの前に置かれたままの姿見が目に入った。そこに映っているのは…
「っ!」
ぞくりと強い快感がトグサの全身を走った。弾みで体内のバトーを締め付けてしまい、つられてトグサも爆発寸前になった。
「いいだろ?」
うっとりとバトーが呟いた。
ベッドの上に胡坐をかいて座った男の股の中に、しどけなく足を開いて抱かれているのは自分のはずなのに、ドレスの裾が男の象徴である性器を上手く隠しているために、恐ろしく扇情的でエロティックな絵が鏡の中に出来上がっていた。
「…さっさと、イケ…よっ!」
「あ、そういうこと言う?」
鏡の中の自分を見ていられなくて思わず憎まれ口を叩いたトグサに、バトーが嫌な笑い方をした。
「レディがそういうはしたないこと言っちゃ、いけねえなあ」
「誰が女だ!」
トグサの抗議は聞き入れられることなく、結局さんざん女のように喘がされてもて遊ばれる羽目になった。
「悪かったって」
情事が終わってからずっとむくれているトグサの機嫌を取るのにバトーは忙しい。
「今度埋め合わせするから、な?」
「俺にもダンナで遊ばせろ。だったら許す」
何を想像したのか、うっと呻いたきり固まってしまったバトーを横目で見て、やっとトグサは溜飲を下げた。
<fin>
■作者言い訳
ある日突然降りてきたネタで、「チャイナ」というキーワードが何故かバトグサに適用されてしまった話です。
形から入るのは私も一緒で、パソの前で髪を結ってみようと悪戦苦闘してみました。
夜中に何やってんだかという感じですけど。
男と女の身体では脚のラインが全く違うので、いくら女装してもごまかせないだろうとは思いますが…
まあ、そこはネタということでお許しを(苦笑)。
タイトルは角松敏生の古い曲から。『鏡の中』か『闇の中』かで悩んでこうなりました。