Curiosity Kills the Cat






『バトー、ちょっといいか?』
 サイトーから電通が入ったのは、もう日付も変わろうかという時間だった。
『ちょっと頼みたいことがある。聞いてもらえるとありがたい』
『お前のおねだりは怖えよ』
 サイトーとはもう随分長い付き合いになる。こんなふうに殊勝に切り出すときは大抵ろくでもない内容の頼みだということもわかっていた。
『そんな大したことじゃねえ。ひとり寝のいい暇つぶしにはなるだろうと思ってな』
『まさか泊めろ、ってんじゃねえだろうな』
 研修で一週間新浜を離れているバトーの可愛い恋人・トグサは、バトーが自分以外の人間をセーフハウスに入れることにいい顔をしない。特にそれが昔のっぴきならない関係だったサイトーとなるとはっきり嫌な顔をする。
 トグサにやきもちを焼かれるのは嬉しいのだが、度を越せばご機嫌を損ねてしまうこともあってバトーはなるべく避けたかった。
『違ぇよ。行くのは俺じゃないし泊まりでもない』
『? じゃあ、何だ』
 思わせぶりなサイトーの言葉の端から、誰かをバトーの元に寄越したいのだろうとは読めたが、肝心の内容はちっとも明かさない。
 固定画像の画面と感情を読ませないことに関しては9課イチのスナイパーに勝負を挑んでも勝てるはずもなく、バトーは素直に尋ねてみた。
『パズを、お前のとこにやった。0500までに返してくれれば何をしたって構わない』
『何を…て、あいつタチだろう。悪い冗談はよせ』
 バトーもタチ専門で、それを譲るつもりは毛頭ない。そのことはサイトーも知っているはずだ。
 まさかパズに自分を抱かせるつもりか?といささか及び腰になったバトーに、サイトーは回線の向こうでひっそりと笑った。背筋が寒くなるような黒いものが滲む笑みだった。
『あいつにお前のミルクをたっぷり飲ませてやって欲しい。簡単だろ?』
『…本気か?』
『もちろん』
 やっと明かされたサイトーの用件は、恋人であるパズをバトーに抱いて欲しいというとんでもないものだった。
 どこの世界に元カレに今の男を差し出す馬鹿がいるのか…と呆れたバトーは、思い直して深いため息をついた。
 サイトーは深く静かに怒っている。おそらくこんな事態を招くようなことをパズが迂闊にもやらかしてしまったということだろう。
 だからと言って、痴話喧嘩の制裁役を押し付けられても困るのだが。
『あと5分でパズが着く。セキュリティ切ってくれ』
『…了解』
 電通を切ると、バトーは準備のためにカウチから立ち上がった。

「よう」
 チャイムの音にドアを開けると、パズが俯き加減でポーチに佇んでいた。
「まあ、上がれや。靴はそのままでいい」
「…」
 まだそれほど気温は低くないのに、今日のパズは長めのトレンチコートをきっちり全部ボタンを止めて着ていた。その上薄いストールをぐるぐると襟元に巻きつけている。
 足元は膝まであるブーツというパズにしては珍しい組み合わせで、廊下を先導して歩きながらバトーは小さく首を傾げた。
「シャワー使うか?」
「いい。準備は済ませてきた」
 そう言い切ったパズがストールとコートに手を掛けると無造作に脱ぎ落とした。
(・・・!)
 さすがのバトーも、義眼が飛び出すかと思った。
 歩き方が妙だったことから、パズが勃起しているのは察していたが…まさかコートの下が全裸だったとは。
 おまけに右の太腿に革のベルトで小さなコントローラーが止められていた。そこから伸びている毒々しい色のコードはぐるりと後ろ側へと回っている。
「良く職質されなかったな…後ろ見せてみろ」
 バトーが命じると、身に着けていたものを全部脱いだパズは素直に後ろを向いた。
(…えげつねえことしやがる)
 コードの先は後孔をすっぽりと覆う透明な円盤の中へと消えていた。形状とパズの反応から察するに拡張用のプラグに玩具を組み合わせているといったところだろう。淫具が大好きで使い方に精通しているサイトーが嬉々として恋人に無体を働くさまが目に浮かぶようで、バトーはパズに心底同情した。
 …と同時に、この男女問わずに凄腕で知られるパズがどんな顔で男に抱かれて乱れるのか、よからぬ興味が沸いてくる。
「ケツの中、どうなってんだ?」
「…綺麗に洗って、ワセリンを詰めた。こぼれないように塞いである」
 義体化率が高いパズの場合、それほど腸内洗浄の必要があるとは思えないが…おそらくサイトーはパズを辱めるためにそれはそれはきっちりと作業をこなしたのだろう。
 もともとマゾっ気のあるサイトーの『才能』を開花させたのはあの草薙だ。裏社会でその名を轟かせる一級のドミナに仕込まれたサイトーが、攻め手に回ればどんなことになるか想像に難くない。
「ふーん? お前、こういうの好きだったんだな」
 コントローラーはオーソドックスなローターのものだった。いわゆる初心者向けと言われる代物だが、アナルセックスにそれほど慣れてない人間の後孔に使うとなると話は変わってくる。
 ベルトから外してダイヤルを回すと、パズが身体を震わせた。
「…っ………」
 意地を張ってか慎ましやかな声を漏らすパズがそれでも自分の足で立っていることに、バトーは驚いた。
 同じことをトグサにしたなら、おそらくベッドから立ち上がることすら出来ないだろう。間近で見るパズの身体がトグサとほぼ同じぐらいの体格であることを意識すればするほど、愛しい恋人の初々しい反応と比べてしまう。
(やべえ…)
 もう限界が近いだろうに、それでも意地を張って見せるパズの恐ろしく高いプライドをずたずたにしてやりたい。とことん泣かせてよがらせてみたい。そんな危険な加虐心をそそられるのも随分久しぶりだった。
 パズなら、絶対壊れない。手加減などしなくていい。…そうバトーのゴーストが囁いた。
「お前ばっかり楽しんでんじゃねえよ」
 コントローラーを元の位置に戻すと、バトーは服を脱いでベッドに腰掛けた。
「俺をその気にしてみろよ。そうしたらお前の好きなだけ遊んでやるぜ?」
 まだ萎えたままのバトーのペニスを見て、パズの眉が不満そうに顰められた。
「出来るんだろう?」
「…勿論」
 フローリングに膝を付いたパズが、バトーの股間に顔を寄せた。
 茂みの根元に挨拶代わりに軽く口付けると、鈴口に向かってぺろりと舐め上げた。そのまま飴でも舐めるように丁寧に幹全体を舌で辿って育てていくパズのやり方は、おそろしく手馴れていた。
「すげ…大きい……」
 うっとりと呟いたパズが、大きく口を開けてバトーのペニスを口に含んだ。喉を使って奉仕するのはサイトーも得意だったが、パズもまた上手い。
「ん…っ」
 ディープスロートと平行して、しなやかな長い指で陰嚢と会陰を刺激されてバトーの息も荒くなる。
「…ちゃんと飲めよ」
 見下ろすとうなじが見えることに軽い違和感を覚えながら栗色の髪に手を置くと、パズも心得ているのかバトーのペニスを強く吸い上げた。
 バトーが喉の奥に叩きつけるように出した精液を、パズはちゃんと全部飲み干した。名残惜しそうに鈴口に舌を這わせて後始末をすると、潤んだ目でバトーを見上げる。
「いいぜ、来いよ」
 手招きすると、パズがベッドに上がってきた。パズももう我慢できなかったらしい。
「自分で取るか? それとも俺が取ってやろうか?」
「…自分で」
 サイトーに言い含められていたのか、バトーに良く見えるようにシーツに伏せたパズが後ろに手を伸ばす。
「くっ…」
 小さく呻いたパズが体内から取り出したのは、バトーの想像通り拡張用のプラグだった。とろりと溶けたワセリンが絡んだプラグは意外と細身で、バトーは自分のペニスが入るのか、いささか不安になった。
「おいおい、本当に大丈夫かよ…いまさら無理だとか言うなよ」
「試してみればいい」
 プラグを傍らに置いたパズが、にやりと笑って後孔を指で開いて見せた。
「…あとで後悔するんじゃねえぞ」
 自分よりは細い腰を抱き寄せて、物欲しげにひくつく後孔に指を入れてみる。
(なるほど)
 パズの中は思っていたよりも良く慣らされていた。バトーの太い指を易々と飲み込んでもっと欲しいと言わんばかりに熱い粘膜が絡みついてくる。
「いいからさっさと突っ込め」
「へいへい」
 パズに催促されて、バトーはペニスの切っ先をあてがうと一気に押し込んだ。
「あ……っ」
 間髪入れずに腰を使うと、パズがシーツを握り締めて悶えた。いくら準備しているとは言え、いきなり動くことがパズにとって苦しいとわかっていたが気遣う余裕はなかった。
「気に入ったか?」
 薄く汗の浮いた背中に口付けながら、ほったらかしにしてしまったパズのペニスをしごいてやる。先走りでどろどろになっていたペニスはすぐに弾けた。
「太い……っ!」
「ありがとよ」
 ストレートな賛辞への礼代わりに弾みをつけて突き上げてやると、パズの唇からついに甘い声が漏れた。

「抱かれるの、好きか?」
「あまり…得意じゃない」
 1ラウンド終わった後、抜かずに身体をひっくり返して抱き上げた。対面座位で揺さぶってやると、さすがに照れくさいのかパズは視線を逸らした。
「それにしちゃ、ずいぶん慣れてるじゃねえか」
「言うな……っ……!」
 脚を掴んで突き上げると、パズの罵倒は止まった。
「サイトーと俺、どっちがいい?」
「……っ」
 バトーの首にしがみついて堪えるパズの耳元にバトーは意地悪く囁いた。
「お前が気に入ったんなら、これからも可愛がってやろうか? 好きなだけ突っ込んでやるぜ?」
 本人の認識はともかく、パズの身体は良く慣らされていて反応も上々だった。何よりバトーと相性がいいのが気に入った。
「悪ぃ、俺はサイトーのものなんだ」
 そのサイトーに売られたのにも関わらず、パズはそう言ってにやりと笑った。
「この状況でのろけてんじゃねーよ」
「あんたこそ、悪い奴だな…トグサもこうやって泣かせてんのか」
 今度はバトーが詰まった。この状況でトグサの名前を出されたくなかった。
「お互い、恋人には内緒ってことで」
「そうだな…口止め料を」
 悪戯っぽく微笑んだパズが、バトーの唇に口付けた。
「ん……ふっ………」
 舌を絡ませて強く吸ってやると、呼応するかのようにパズの内壁が強く締まってバトーの射精を催促した。
(…たまんねえな)
 言葉よりもっと雄弁に、パズの身体が語っていた。もっと欲しい、もっと飲ませろ…と。
「あ……んっ!」
 バトーは弾みをつけてパズの身体をベッドに組み伏せると、ぎりぎりまでペニスを抜いてまた突き入れた。
 乱暴な突き上げにのたうつ身体を封じ込めるようにして、バトーは自分の快感に集中する。ベッドの軋みと結合部が立てるいやらしい音、パズのせわしない喘ぎがバトーを駆り立てる。
「イケ、……トー……っ」
 パズが呼んだのはどちらの名前だったのか。それすらも構うことなくバトーはパズの身体に溺れ続けた。

 約束の時間の30分前、パズはバトーの腕の中から抜け出した。
「送ってくか?」
「大丈夫だ、ひとりで帰れる」
 シャワーを勧めるバトーに首を振ると、パズはひとりで身支度を済ませた。
 悪趣味なプラグを元通りにはめ、乱れた髪を手櫛で整えて立ち上がったパズを見てバトーは心底敬服した。
 たっぷり愛してやった翌朝のトグサはまずベッドから起きれないし、久々に羽目を外しすぎたかバトーも腰に違和感を覚えていた。それがパズは恐ろしいほど平然としている。
「何があったかは聞かねえが…ちゃんとサイトーと仲直りしろよ」
「サンキュ…」
 玄関まで見送りに出たバトーに抱きついたパズが、バトーの耳元に唇を寄せた。
「別に喧嘩したわけじゃねえ。全部サイトーが絵を描いた」
「なっ…!」
 つまりは罰ゲームでもサイトーに強制されたわけでもなく、パズは納得ずくでバトーに抱かれたということだ。おそらくサイトーのことだ、事の一部始終はモニターしていることだろう。
 この茶番の真相に驚くバトーの唇をキスで塞ぐと、パズは人を喰ったような笑みを浮かべた。
「楽しかったぜ。またな」
 二人に上手く利用されたのだ、とバトーが気づいた時には遅かった。

『何だよ、こんな時間に…』
 電通に出たトグサの声は、思いっきり不機嫌そうだった。早朝という時間を考えれば無理もない。それでも居留守を使わずに出てくれるのは自分を愛してくれているからだと自惚れてもいいのだろうか、とバトーは思う。
『あのな、今日ものすごくショックなことがあってお前の声が聞きたくなった』
『何があったんだよ、ダンナ』
 自分を心配してくれるトグサの声に、バトーはうっとりと聞き入る。
『話すと長いから、お前が帰ってきてからな…』
『ダンナ?』
 トグサの声を聞いていたら、こみ上げてくるものがあった。
『お前に触りたい。キスして、抱きしめて、泣かせて…』
『あーもー、あと2日だろ!』
 バトーの泣き言を、トグサが乱暴に打ち切った。
『俺だって、我慢してるんだから……』
 ごにょごにょと言葉を濁すトグサも、バトーと同じらしい。
『わかった、待ってる。悪かったなこんな時間に』
『ううん、俺もダンナの声聞けて嬉しかった。おやすみ』
『おやすみ』
 電通を切ると、バトーはカウチに転がった。パズの匂いが残るベッドでは眠る気になれなかった。


 バトーの弱みを握ったサイトーが、さらなる混乱を巻き起こすのはまた後日の話である。



<了>







■作者言い訳

 

「意外なカップリング祭り」参加作です。
私の中ではバトパズもありだなーと思ってたので、あまり『意外』ではないのですが
書くのは初めてなので、まあいいかなとw

何だか最近、パサが変態夫婦になりつつあるのは何故なんだろう?と首傾げてみたり。
ちなみにこれでもパズはサイさんにベタ惚れなんです。
(そして尻に敷かれてるんですがw)

作中出てくる小道具は、ちょっとありえないものも混ざってますがお許しを。 ちなみにプラグは各サイズありますが、4センチぐらいのまだ可愛いサイズを想定しております。

書いてて非常に楽しい話でした。