Midnight Flower





「…旦那、そこの旦那」
 いつもなら足を踏み入れることもない場末の路地で、バトーは貧相な男に声を掛けられた。いこの辺りに多い妖しげな娼館の客引きだろう。
「いい子居ますよ、寄ってって下さいな」
 バトーがここにいるのはたまたま近くに野暮用があったからなのだが、男娼窟とも噂されるこの通りに居てそういう趣味の人間と思われるのも無理はない。しかも時間は深夜、娼館の稼ぎ時である。
「どうせ、セクサロイドだろ」
 技術革新が進んだ現在、春を売るのはほとんどがそれ専用に開発されたアンドロイドやガイノイドで、いくら精巧にプログラミングされているとは言ってもAI仕掛けの娼婦と寝るのはどこか味気なくてバトーは好きではなかった。
 もっともそれは、バトーがほぼ全身を義体化しているための同族嫌悪のようなものかもしれないが。
「いいえ、うちには生身の可愛い子がいるんですよ」
 思わず足を止めてしまったバトーを見て脈ありと悟ったらしい男が、にやりと笑った。
「さ、こちらにどうぞ」
 男に連れられて、バトーは迷路のような細い路地を奥へと進んだ。
「ちょっと壊れてますがね、いい声で鳴くんですよ」
 バトーの目に飛び込んできたのは、鮮やかな紅。細い肩に掛けられた女物の襦袢の色だった。
 
「…あれが生身だって?」
 古めかしい客見せの格子に身を預けぼんやりと外を眺める姿を見て、バトーが傍らの男に尋ねた。
 瞬きを忘れたかのような大きな茶色い瞳は確かに生身のものなのに、まるで何も映していないかのような様子は精巧な義眼にも思えてますますバトーを混乱させる。
 同時に、この不思議な男娼への興味を掻き立てられることとなった。
「はい。今時珍しく義体化率ゼロの正真正銘生身の人間ですよ。ですんで丁寧に扱ってやってくださいね」
 バトーに『商品』を買う意思があると察した男が、ぺらぺらと売り口上をまくし立てる。
「ああわかったわかった、買うから早く案内してくれ」
 いいかげん男にうんざりしてきたバトーが遮るように告げると、にやりと笑った男がバトーの袖を引いた。
「ささ、どうぞ中へ。…おい、トグリを奥の座敷に連れて来い!」
 どうやらあれは『トグリ』と言うらしい。館の人間に指示を出す男の台詞から情報を拾うと、バトーは男に促されるまま館の門をくぐった。

 バトーが座敷に通されてすぐ、部屋の外で『失礼します』と先ほどの男の声がした。
 今時珍しい古風な日本家屋らしく、本物の紙を使った襖を開けて男が入ってくる。続いて下男らしい屈強な大男が問題の男娼を抱きかかえて入ってきた。
「おいおい、足の筋切ったのかよ」
 襦袢の裾から覗くすんなりとした右の足首には、まだ生々しい傷跡が残っていた。わざわざ抱いてくると言うことは、自力での歩行が出来ないということだろう。
「これはうちで拾った時にはあったんですよ。人聞きの悪いこと言わないで下さい」
 呆れ気味に呟いたバトーの声に、男が気色ばんだ口調で返した。
 大昔の遊郭ならともかく、今の娼館でそんな虐待じみたことをすれば官憲の手が入らないとも限らない。
「あ〜、悪かった。訴えたりしねえから安心しろ」
 もっとも、こんな怪しげな娼館に通う人間が訴え出れば逆に命取りになりかねない。もちろんバトーもそんな余計な真似をするつもりはなかった。
「…どうぞごゆっくり」
 男たちが慌ただしく出て行き、後にはバトーと男娼の二人が残された。
(本当にこいつが鳴くのかねえ)
 ぺたりと膝を崩して座る男娼を見て、バトーは首を傾げた。
 まだ少年と言っても通りそうなあどけなささえ感じる顔立ちには、こう言った娼館で働く人間特有の媚やすれたようなところが感じられないし、滑らかな肌には足の傷以外染みひとつない。
 何の冗談か、左の耳元には白い百合の花が飾られている。聖母の名を授かったその花は、春を売る人間を飾るにはあまりにも不釣合いだが…不思議とこの男娼には似合う気がした。
 闇の中にひっそりと咲く、一輪の花。そんな儚げな印象がこの男娼にはある。
「んっ・・」
 抱き寄せて申し訳程度に合わせられた襦袢の間に手を滑らせると、バトーの手が冷たかったか小さく身じろぎした。
「冷たいか?」
 尋ねると、小さく首が振られた。
 すっと華奢な手がバトーの手を掴むと、自分の頬に引き寄せてそのまま頬擦りする。そしてちらりと上目遣いにバトーを見上げた男娼が、ふわりと微笑んだ。
(こいつは…)
 子供のように清らかに見える男娼が、手慣れた商売女のように男を誘う仕草にバトーは唸った。
(トグリ…か)
 おそらくセクサロイドで有名な阪華精機のトムリアンデ、ロクスソルス社のハダリにちなんで付けられた源氏名なのだろうが、これほど的を得た名前もあるまい。
「…いい声、聞かせろや」
 細い身体を抱き上げ続き間に延べられた布団に組み敷くと、トグリはそれを待ちわびていたかのように艶やかな笑みを浮かべた。

「あっ…」
 敷布に顔を押し付けて、トグリが喘ぐ。
「…いやらしい身体だな、お前」
 崩れ落ちそうになる細い腰を抱え込むようにして、バトーは狭い後孔を広げるように掻き回す。
 客の前に出る前に準備されていたのか、バトーの太い指を易々と飲み込むトグリのそこは、とろりと柔らかく蕩けていながらもバトーの指を銜えて離さない。まさしくそれは良く仕込まれた娼婦の身体だった。
「もう、指だけじゃ足りねえだろ? ん?」
 ふわりと広がる栗色の柔らかい髪に細い四肢。紅い襦袢を着せたまま背中から抱くとまるで女を抱いているような錯覚すら覚えたが、抱きとめる腕に触れる雄の象徴がトグリの性別をバトーに教えてくれる。
 はらはらと透明な涙を流して震えるトグリの花茎を握りこむようにして囁くと、こくこくと細い首が振られた。
「何が欲しい?」
「…の、ちょ…だい」
 嗚咽混じりのか細い声が、トグリの限界が近いことを知らせる。恥じらいがちに囁かれたきわどい台詞がバトーの嗜虐心を煽った。
「お前の欲しいだけ、やるよ」
 わななく細い足を掴んで薄い身体をひっくり返すと、バトーはトグリに見せ付けるようにパンツのジッパーを下ろして見せた。
 バトーは全身義身体化しているため性器も作り物なのだが、がっしりした長身に見合うバランスとサイズのものを取り付けてある。
 トグサの痴態にあてられてすでに臨戦態勢になっているそれを、バトーは一気にトグリの秘所に突き立てた。
「あっ……ん」
 涙の滲んだ目元を赤く染めたトグリの唇から漏れるのは、あきらかに愉悦の声で。
(すげえ…)
 馬並み、と揶揄されることもあるバトーのそれを平然と受け入れ、すでに快楽を追い始めている淫蕩な身体を見下ろしながらバトーはひっそりと笑った。
「…代金分は、楽しませてもらうぜ」
 思いがけない掘り出し物に出会えた幸運を喜びながら、バトーは自分の快楽を追うことに意識を集中させた。

「…じゃあ、帰るぜ」
 くたりと横たわったままのトグリの髪を撫でて、バトーが身体を起こした。
 このままトグリの寝顔を見ていたかったが、朝までこの娼館にいるわけにも行かない。本当ならここで遊んでいる時間すらない身である。
「…いいから寝てろ」
 何か言いたげなトグリが身体を起こそうとして突っ伏すのに苦笑いしながら、バトーはトグリの頭を撫でてきちんと寝かしつけてやる。
「・・・・」
 赤い唇がゆっくりと開いたが、啼かせすぎたのが悪かったか可愛らしい声は聞こえない。それを惜しく思いながらバトーは立ち上がった。
 勘定を済ませて館の外に出ると、既にうっすらと夜は明けていた。
 抱えた仕事の山を思い出して憂鬱な気分で歩き出したバトーの足元に、はたりと何かが落ちる気配がした。
(…こりゃ、トグリの)
 萎れかけた白い花はあの男娼を飾っていたもので。思わず振り向いて見上げた先の窓辺にトグリがいた。
 大昔の文学でこんなシーンがあったなと苦笑いしながら、バトーは拾った白い花をトグリに掲げて見せた。
「…また、来る」
 思わず口をついて出たのは、逢瀬の約束だった。バトーの声が聞こえたのか、窓辺のトグリがふんわりと微笑む。
 トグリの手管に見事にはまったような気がしないでもなかったが、次に会いに来る時にはこの花を持って来てやろう。そう思いながら、バトーは再び歩き出した。








■作者言い訳

 
  某日、某所のチャットで降りてきたネタでして、トグリ話よーこ版です。
微妙にリアル攻殻世界と繋がってるようで繋がってない、パラレル設定の話なので
お好きでない方、ごめんなさいという一編です。

タイトルの出典は、はフェンス・オブ・ディフェンスの古い曲から。
久々に歌詞をチェックしてみたら、意外とはまってびっくりでした。

トグが壊れてる理由とか、足の傷はどこでついたのかなどはまた後日に。
…ええ、実は続くんです(苦笑)。

この話は、トグリマスターのO氏に謹んで進呈を。
…ちょっと毛色の違ったトグリちゃんなのですがw