「トグサ、今日予定ある?」
そう草薙が言って来たのはそろそろ定時という時間だった。
「いえ、特には」
このところ大した事件がなく珍しくまともに家に帰れる日々が続いており、それなりに家族サービスもできていた。
だから一日くらい残業になってもいいかとトグサは思ったのだ。草薙の企みも知らずに。
「そう? じゃあ頼みたいことがあるから私の部屋まで来てくれる?」
「わかりました」
草薙の電通はそこで切れた。
「悪い、飲みはまた今度」
「あ?そりゃかまわねえが、急にどうした」
トグサが家庭持ちとあって、突発的な予定変更にはすっかり慣れたらしいバトーが尋ねた。
養成所に教官として呼ばれていたバトーが久々に9課に戻ってきたこともあって、今日は飲みに行こうと誘われていた。ヒヨコたちの世話でストレスが溜まっているらしいバトーの愚痴を聞いてやりたいのは山々だったが、相手が少佐では仕方がない。
「少佐に呼ばれた。残業らしい…せっかく誘ってくれたのに悪い」
「少佐が?」
バトーがわずかに表情を変えたことに、トグサは不幸にも気づかなかった。
「…犬にでも噛まれたと思ってあきらめろ」
「たかが残業だろ?」
バトーの不思議な忠告に首を傾げながら、トグサは席を立った。
「少佐、トグサです」
「入ってちょうだい」
草薙の私室のドアをノックすると、すぐに部屋の主の答えが返ってきた。
「失礼します」
トグサはこの部屋にあまりいい思い出がない。
そもそも、草薙が課内に私室を持つようになったのは、シャワー室やロッカーを平然と他のメンバーと一緒に使う草薙の逆セクハラに最も被害を被ったトグサが課長に直訴したせいだったのだが…この部屋にトグサが呼ばれた時に、ろくな事が起きたためしがない。
上等なソファもまるで針の筵のような気がしてそわそわと身じろぎするトグサを見て、草薙が小さく笑った。
「あの…、俺は何をすればいいんですか?」
「そんなに構えなくていいわよ。取って喰うわけじゃないから、リラックスしててちょうだい」
ちょっとしたマンション並みの設備のある室内には、小さなキッチンも付いている。そこから湯気を立てるカップを二つ草薙が持ってトグサの向かいに座った。
「冷めないうちにどうぞ」
「はあ…ありがとうございます」
差し出されたのは、きちんと豆から煎れたブラックコーヒーだった。
芳しい匂いを放つそれを味わいながら、トグサは先ほどからの疑問を再度草薙に尋ねた。
「俺は一体何をしたらいいんですか?」
草薙と雑談しながらコーヒーを飲むのが、仕事だとは思えない。
「私と遊んでちょうだい、簡単でしょ?」
「遊ぶ…って?」
「セックス」
きわどいことを平然と言い放った草薙の紅い瞳に見つめられて、ぞくりと背筋が震えた。ゆるやかに全身に拡がり始めた熱は、嫌というほど教えこまれたもので。
「少佐、俺…家族が……」
「言い訳なら聞かないわよ。バトーやパズなら良くて、私じゃダメって訳ないわよね?」
(さっきのコーヒー…!)
草薙が混ぜたのは催淫剤か、興奮剤か。理性すら侵しそうな勢いで荒れ狂う熱に、もう座っているのすら辛いトグサはソファの上で身体を丸めてのたうつしかない。
「貴方は、私が最初に目を付けたのよ」
恐ろしく優しい声で、草薙がトグサの耳元で囁いた。
「貴方が誰のものか、きっちり教えてあげる必要があるわね。覚悟しなさい」
涙で潤んだトグサの瞳に映る草薙の姿は、気高いほど美しく、そして何よりも恐ろしく見えた。
遠くで聞こえていた水音が止まった。
「シャワーを浴びてくるから、いい子にしてなさい」
そう言い置いて、草薙は浴室へと消えた。その前にトグサを逃げられないようにベッドに拘束して。
草薙が使った薬は確かにトグサの体に淫らな火をつけたが、決定的な刺激はくれない。両手を頭上で固定されては自らを慰めることもできなかった。
「あら、強情ね。『可愛がってください』ぐらい言うかと思ったのに」
「……………」
まだ水気が残る肌にタオルを巻いて戻ってきた草薙が呆れたように言った。
確かに理性の限界は近いが、今のトグサが望むことを上司であり異性である草薙にねだるのは、さすがにためらわれた。
「ねえ、トグサ」
タオルを足元に落とした草薙が、猫のようにしなやかな動きでベッドに上がった。
間近で見る、妻ではない女の体。バトーたちは同じ男で『浮気ではない』と苦しいながらもまだ言い訳ができるが、草薙はそうもいかない。
完璧な造形を誇る草薙の裸身は普段なら目のやり場に困る魅惑的なものだったが、今のトグサにはとてもその美しさを堪能する余裕はなかった。
「しょ………少佐、ダメです…………」
「いまさら泣き言は聞かないわよ」
トグサに跨がって見下ろす草薙の目線から逃れるように横を向くと、顎を掴んで引き戻された。
「何もしない、って選択肢はないの。あきらめなさい」
高らかな死刑宣告に、トグサは目の前が暗くなった。
「でも、可哀想だから選ばせてあげる。今どっちが辛いのかしら。こっち? それとも………」
しなやかな草薙の指が、トグサの股間を滑る。じっとりと服まで先走りの滲んだ陰茎も辛かったが、じんじんと熱を持ったように疼く後孔のほうがトグサを苦しめていた。
いつものように大きくて太いものでかき回して、たっぷりと熱い精液をぶちまけてほしい。女の草薙には到底ねだれないことだった。
「ちゃんと言わないと、してあげないわよ?」
遠慮と逡巡で視線が泳いだのに気づいたか、草薙が冷たく言い放った。どうあってもトグサに言わせたいらしい。
「ケツが………辛いです」
「で、どうして欲しいの?」
「太いチンポを突っ込んで…………ぐちゃぐちゃにしてください!」
半ば自棄になって叫んだトグサの答えは、やっと草薙の意に沿ったらしい。
「ふふ………トグサは女の子みたいに抱かれたいのね」
にんまりと笑った草薙が、傍らのキャビネットからとんでもないものを取り出した。
「少佐……それって…………」
「貴方みたいな子を苛めるためのものよ」
やたらとリアルな形と色をしたそれは、ペニスをV字型に2本繋いだような代物だった。
「作り物だからミルクは出ないけど、太くていいわよ………んっ」
腰を落とすと草薙は片側を自分の陰裂に埋めた。悩ましげな吐息で、片方を膣に差し込んだのだとトグサにもわかった。
「どう? 素敵でしょ」
「……………」
女である草薙の股間からありえないものが生えている図は、激しく倒錯的でたまらなくいやらしい。
もう抵抗することすら忘れて呆然と見つめるトグサにほほ笑んで見せると、草薙はトグサのボトムに手を掛けた。
「トグサは女の子なんだから」
と嫌な笑い方をした草薙がさっきのキャビネットから取り出したのは、首輪にしては細すぎるし腕輪にしては短すぎる革のベルトだった。
「何ですか………それ?」
この状況で草薙が持ち出すものがただのアクセサリーのはずがない。おそるおそるトグサが尋ねると、草薙は半勃ちのまま震えるトグサのペニスにそのベルトを巻き付けた。
「痛いです、少佐!」
「痛いぐらいじゃないと意味がないのよ………うふふ、似合うわね」
付属の細い紐できつくベルトを固定した草薙が、戒められたペニスの先端を指で弾いた。
(え………?)
その刺激で弾けてもおかしくはないのに、トグサのペニスは先走りの滴を零しながら震えるだけだった。
「ベルトが邪魔して射精できないのよ。達けないペニスって女のクリトリスみたいなものだと思わない?」
「やだ……っ、少佐、触らないでっ!」
細い指がぬるつく亀頭に触れるたび、電流のような強い快感がトグサの体を駆け抜ける。しかし、射精という解放のない強すぎる快楽はトグサにとっては恐怖でしかない。
「あらあら、お尻までぐっしょりね。ローションいらないかしら?」
痛いくらいにトグサの足を開いた草薙が、トグサの秘所を覗き込んで微笑む。溢れた先走りは淡い茂みを濡らすだけでなく、後孔まで伝ってシーツを濡らしていた。
「随分可愛がってもらってるのね。指なんか楽勝じゃない」
「くっ………!」
作業がやりにくいのか、トグサの体をひっくり返してうつ伏せにした草薙がトグサのひくつく後孔に無造作に指を突っ込んで狭い内部を掻き回す。
言葉と行動で嬲られてトグサは呻いたが、身体は意識を裏切って浅ましく悦んでいる。
「すごく感じてるんでしょ? こんなに硬くなってる」
しなやかな指で膨らんだ前立腺を責められて、トグサはシーツに顔を埋めてこみ上げる喘ぎを懸命に殺した。
「強情な子ね。余計に苛めたくなるじゃないの」
物騒なことを呟いた草薙が、指を抜くとトグサの双丘を割り開いた。
「行くわよ」
滑らかだけれど、無機質で冷たいものをまだ十分に慣らしていないトグサの後孔にあてがうと草薙は一気に貫いた。
「あああああああ……っ」
薬の熱に浮かされた身体は無理な挿入がもたらす衝撃すら快感に変換し、殺し切れなくなった声がついに唇から漏れた。
「ディルドに感覚がないのが残念ね。こんなに美味しそうに咥えてるトグサの具合がわからないわ。…次は男性型義体で遊んであげようかしら」
トグサの反応が気に入ったのか、楽しそうに張型を抜き差ししながら草薙がとんでもないことを言う。
「はあっ………んんっ………」
トグサには草薙の言葉を理解する余裕はもうなかった。背筋を伝って這い上がる強い快感に翻弄されて、頭の中は真っ白で射精できない苦しみに涙が止まらない。もう閉じることもできない唇のせいで、喉もからからだった。
「いきそう? だったらちゃんと『いく』って言いなさいよ」
トグサの限界が近いのを見て取ったか、草薙がさらに難題を突き付ける。
「やっ……あっ………!」
「女の子みたいに、中でいきなさい」
先端が前立腺に当たるように草薙に腰を使われて、トグサの唇からは悲鳴が漏れる。
「無理………です」
「こんなにいやらしい身体で、できないわけないでしょ」
駄目押しとばかりに鈴口を爪で抉られて、トグサの身体が跳ねた。前と後ろを執拗に嬲られて、びくびくとトグサの身体が震える。
「しょ……さ、いく………っ!」
戒められた身体を大きく波打たせてトグサは上り詰めた。熱く疼く後孔から今まで味わったことのないような感覚が全身を駆け巡って止まらない。
「それが後ろでいくってことよ」
後孔から張型を抜いてベッドヘッドからトグサの手を拘束するロープを解くと、草薙は絶頂の余韻に浸るトグサの身体を抱き起こした。
「バトーもパズも、これは教えてくれなかったのね。どう、感想は?」
「あ………」
啼かされすぎて枯れた喉からは、まともな言葉が出てこない。理性も身体も痺れきって何ひとつトグサの思うままにはならなかった。
「気に入ったみたいね」
満足そうに笑う草薙の胸に抱かれて、トグサは漣のように続く甘い快感にうっとりと身を委ねる。
「もっともっと、いやらしくなりなさい」
蕩けるような声で囁くと、草薙はトグサの耳朶に歯を立てた。
「…お疲れさま、楽しかったわよ」
草薙がトグサを責めるのをやめたのは、もう夜明けも近い時間だった。
「これ…外してください」
「あら、忘れてたわ」
トグサが出ない声で何とか訴えると、酷いことを平然と言った草薙がトグサのペニスを掴んだ。
「頑張ったご褒美、あげるわね」
濡れて絡みつく紐を解きながら、草薙はぱんぱんに膨れたペニスに形のいい唇を寄せた。
「…っ………!」
トグサが身を捩って逃げようとするよりも、草薙が銜えたトグサのペニスを吸い上げるほうが早かった。
「ご馳走さま。若いわね、トグサ」
溜まりに溜まった精液は、トグサが驚くほど多く長く草薙の口の中に出た。
それを全部飲み干した草薙が満足そうに微笑んだ。
「明日は午後からでいいわ…て、もう聞こえてない?」
解放されて張っていた気が緩んだのか、泥のような疲れにトグサは眠りの波に引き込まれていた。
「おやすみなさい」
ふわりと掛けられたシーツの感触と遠く聞こえる草薙の声が、トグサのこの日最後の記憶だった。
あの悪夢の一夜から一週間が過ぎた。
何事もなかったかのように草薙もトグサも振る舞っていたが、トグサには決してあれで終わったとは思えなかった。
「トグサ、ちょっといい?」
退勤間際に草薙に呼ばれて、鼓動が跳ねた。
「私の部屋に来てくれる?」
「はい、わかりました」
理性は警鐘を鳴らしたが、口はそう答えていた。身体に残るあの日の記憶が、禁じられた快楽を求めて甘く疼いている。
「どうぞ」
草薙の部屋の扉をノックすると、部屋の主の声がすぐに帰ってくる。
「いらっしゃい、トグサ」
ソファに座った草薙の隣には、見知らぬ若い男が座っていた。
目を閉じているせいで眠っているように見える男は、草薙と同じ完全義体らしい。そう気づいた瞬間、あの日の草薙の言葉をトグサは思い出した。
「…貴方のためにこれを用意したのよ。気に入ってくれるかしら」
そう微笑むと、草薙はすっと目を閉じた。
「トグサ、おいで」
代わりに目を開いた男が、リモートとは思えない滑らかさで立ち上がってトグサを寝室へと誘う。
「はい、少佐」
夢見るような足取りで、トグサは男のあとに続いた。
「どう?」
身につけていたものを全部脱いだ男が、裸身をトグサに見せつけるようにベッドに腰掛けた。
(うわ………)
草薙が選んだ義体の体格は細身でトグサよりやや背が高いぐらいだったが、股間にそそり立つものはバトーより大きそうで。
思わず凝視してしまったトグサの視線に気づいたか、男が涼やかな容貌に似つかわしくない淫らな笑みを浮かべた。
「これが欲しい?」
大きさと長さを誇示するように手で扱いてみせた男の足元に、トグサは引き寄せられた。そのまま顔を近づけると、男のペニスを口に含む。
「ん…ふ……っ」
「あら…あまり上手くないのね」
夢中でそそり立ったペニスに舌を這わせるトグサを見下ろして、甘い声で草薙が笑った。
元々トグサは異性愛者で、同性の性器を口にするのは抵抗がある。自分がされるのも苦手だし、他人にするのはさらに駄目だった。
それがこうやって自分から進んで奉仕するのは初めてのことだった。トグサに男に抱かれることを教えたバトーあたりが見たら、驚きのあまり義眼のレンズが転がり落ちるかもしれない。
「…まあ、いいわ。あとでゆっくり教えてあげる」
にやりと笑った草薙が、トグサの前髪を掴んで引き剥がした。
「私の味を、覚えなさい……っ」
小さく呻いた男が、トグサの顔面に白濁をぶちまけた。
「溜まってて、悪かったわね」
飛び散った滴はトグサの胸まで垂れていた。服を汚されてもトグサは怒ることなく小さく首を振った。
「いいえ。もっともっと、ください。今度は、俺の中に・・・」
素早く服を脱ぎ捨てると、男に背を向けて膝をついた。
「…どうぞ可愛がってください」
この部屋に来る前に、トイレに寄った。個室で手早く後孔を解してからトグサはここに来た。
こうなる予感は、草薙の呼び出しを受けたときからあったのだ。
「随分素直になったわね。可愛いわ」
くすくすと笑った草薙が、床に伏せて腰を突き出したトグサの後孔を覗き込んだ。
「くっ………」
男の節くれだった長い指で具合を確かめるように内部をかき回されて、トグサが呻く。
「自分で準備したの? そんなに抱いて欲しかったのね。…いやらしい子」
「ごめんなさい………」
いつも相手任せであまり自分で準備したことがなかったトグサだけに、やっぱり仕事は甘かった。
男が無造作に指を抜き差しする度に、まだ固い蕾が軋んで悲鳴を上げる。
「何使ったの? ローション? ワセリン?」
「…ハンドクリームです」
草薙のあけすけな問いに、トグサは頬を赤らめながら答えた。
「ふうん…じゃあ、滑りを良くしないとね」
トグサの腰を掴むと、草薙は前触れもなくいきり立ったペニスを押し込んだ。
「んあ……っ」
この前と違って素面のはずなのに、痛みを感じるよりも先に甘い疼きが腰を伝って這い上る。
「ふふ…貴方、最高よ」
中を刺激されて昂ぶったトグサのペニスを扱きながら男が笑う。身体と意識の両方を責められて、トグサは瞬く間に上り詰めたが草薙は尚もトグサの身体を離さない。
「今日も朝まで可愛がってあげる。嬉しいでしょ」
「はい…」
草薙の宣言に、トグサはうっとりと目を閉じた。
<了>
企画開催から2年近くたってしまって申し訳ありません。やっと完結です。
『無敵の少佐』と聞いて、こんなネタが真っ先に浮かんだ私は相当汚れてるかもですが書いててとても楽しかったです。
タイトルはあまりお上品ではない英語の例文から。
『膣の中のペニス』って意味なのですが、少佐とトグサにぴったりだろうなと。