Nightmare




 縦横に張り巡らされた攻性防壁を潜り抜け、トグサは電脳空間を突き進む。
 ネットダイブの訓練も兼ねて、指定されたあるファイルを電脳空間の某所からひとりで取ってくるのが今日のトグサの任務だった。
(あった)
 目的のファイルに手が届いたと思った瞬間、四方から飛んできたコードに阻まれた。細心の注意を払っていたものの、気づかずにトラップを踏んでしまったらしい。
(まずい…)
 トグサの侵入は、すでに敵にばれていたらしい。万一のために残しておいた脱出路も即座に塞がれ、檻のような狭い空間に閉じ込められる。
 コードに絡めとられて身動きが取れないトグサの身体が、淡く光る。敵がトグサをスキャンしているらしい。
 本格的に危険な状況に追い詰められたことを悟ったトグサの額を、嫌な汗が伝った。
『ようこそ、公安9課のトグサ君』
 無機質な低い男の声が、響いた。
「離せ!」
 いきなり目の前が暗くなって、トグサは敵わないと知りつつも反射的にもがいた。
 元々電脳空間では容姿など単なるデータにしか過ぎないが、拘束された上に視界も奪われたとなれば話は別である。
 電通も届かず、ログアウトも出来ないこの状況ではトグサが無事に物理世界に戻れる保障はない。良くてトグサが持っている機密データを洗いざらい吸い上げられてここから放り出されて終わり。悪ければ…。
 自分に待つだろう末路を想像して、トグサは身体を小さく震わせた。
『怖がらなくていい、楽しもうじゃないか』
 男の声に含まれた淫靡な響きを感じ取って、トグサの背を悪寒が走る。
「嫌…だ……」
 データを書き換えられたか、絡みつくコードのせいなのか身体に力が入らず抵抗ができない。完全に主導権を向こうに取られたようだ。
『嫌じゃないだろ?』 
 皮膚感覚をいじられたらしく、肌の上で蠢くコードの動きに反応して身悶えるトグサを見て男が嘲笑う。
「違…う……っ!」
 突然流れ込んできた情報に、トグサは目を覆いたくなったがそれは適わない事だった。
 女物のやたらと扇情的なデザインのラバースーツを着せられ、無数のコードに絡めとられて悶えているのは紛れもなく自分だった。
「趣味…悪ぃ……」
『そうか? こうされたいと思ったことはないか?』
 ゆらりと1本のコードが、トグサの口元に突きつけられる。トグサの意識は拒むのに身体は従順に受け入れ、まるで男根のような太さのそれを口に含んで愛撫する。
「ん……はぁ……っ」
『9課の仲間に、こうして犯されたいと思ったことはないか? あるだろう?』
 男の指摘に動きを止めてしまったトグサの頬を、別のコードが軽く叩いて続きを促す。
『いい子だ…ご褒美をやろうか、トグサ』
 心の底に秘めた想いを暴かれた屈辱に目を伏せながらも、大人しく従うしかないトグサを見て笑う男の声が、トグサの良く知る男の声に変化する。
『たっぷり可愛がってやるよ、トグサ』 
 耳元で囁かれて、鼓動が跳ねる。声の主をトグサが認識した瞬間、肌に絡むコードは太い腕に変わっていた。
 トグサを背中から抱きすくめたバトーが、器用にトグサのスーツの止め具を外して窮屈になっている股間を露にする。
『そんなに俺が欲しかった?』
 笑いを含んだ声に首を振って否定しようとしても、バトーの手の動きに敏感に反応する身体が裏切ってしまう。
『お前の好きなだけ、可愛がってやるよ。ずっと、ここで』
「う……あっ!」
 足を抱えられ、身構える間も無く男根を突き入れられてトグサの身体がわななく。
「あっ…はぁっ……」
『俺が欲しかったんだろう?』
 繋がった所から伝わってくる強烈な快感にショートしそうな意識を何とか繋ぎ止めているのは、拭いきれない違和感だった。
 全身で感じている感覚はどれも本物以上にリアルなのに、何かが違う。
(嫌だ…こんなの……)
 元はと言えばトラップに気づかなかった自分が悪いとは言え、このまま永遠に敵の玩具にされるのは耐えられない。だが、トグサの理性が保つのももう時間の問題だった。
(首のコードを外しなさい)
 理性を手放し掛けた瞬間、脳裏に届いた凛とした声にトグサは迷わず従った。震える手で、首輪に付けられた鎖のような襟元の太いコードを引き抜く。
『トグサ?』
 敵が阻むより早く、閉ざされた空間が震えて弾けた。

「…あ……」
「やっとお目覚めか?」
 目覚めたトグサが最初に見たのは、口調とは裏腹に心配そうに自分を覗き込むイシカワの顔だった。
 既にダイブ装置のアームは上げられ、深く倒したシートに寝かせられている自分がいつもの服装であることに安心したトグサが大きく息をつく。どうやら無事に物理空間に戻れたようだった。
「俺…トラップにはまって……」
 まだ混乱する頭が、電脳空間での出来事をゆっくりと思い出す。見せ付けられた自分の痴態を思い出して、トグサは顔から火が出そうになった。
「バトーの馬鹿が悪ノリしてな。大丈夫か、トグサ」
 電脳空間でのダメージは、物理世界に影響を及ぼしかねない。トグサのようなネットダイブ初心者ならなおのことで。
 事実じっとりと肌に張り付くシャツが気持ち悪い。濡れた前髪をかき上げようとしたトグサを見かねたか、イシカワがタオルを寄越してくれた。
「あ…ああ。ところでその旦那は?」
 びっしょりとかいた嫌な汗を拭いながら、ようやくトグサはこの訓練がバトーの組み立てた仮想空間内でのものだったことを思い出した。敵も何も、あれはバトー自身だったのだろう。
 バトーほどのベテランともなれば、トグサの意識をいじって手玉に取ることなど朝飯前なのだろうが…いいように弄ばれたトグサとしては、たまったものではない。
「お前が起きるちょっと前に、少佐が引っ張ってった。今頃きついお仕置きされてるだろうな」
 にやりと笑うイシカワの言葉の意味を悟ったトグサの頬が熱くなる。
「…て、少佐も見てたってこと?」
 自分を助けてくれたことは感謝しているが、あれを見られたとなると話は別だ。
「モニターしてたのは俺だが…少佐も見てたらしいな」
「うわあああああっ」
 恥ずかしさにタオルを被ってシートに伏せたトグサの頭を、イシカワがよしよしと撫でてくれる。
「ログは消しといてやるから、機嫌直せよ。な?」
「絶対だぞ」
「任せておけ」
 イシカワが笑ってトグサを宥めた。

 後日、出所不明のポルノディスクが好事家の間に流通し、高値で取引されていることを知って『主演女優』のトグサが激怒したのは言うまでもない。




−Fin−







■作者言い訳


PS版ゲーム「GHOST IN THE SHELL」のOPムービーを見て、連想した話です。
うねうねとコードに絡まる少佐が、トグだったら…と思う時点であれなんですが
気の迷いで形にしてしまいましたw

この話は、私のお馬鹿な妄想メールにお付き合い下さったHさんと
ゲームをご存知で、ネタ練りを手伝って下さったPさんに謹んで捧げます。
返品可…ですが(苦笑)。