The Dangerous Opera Begins



『…パズ、悪いけどちょっと来てくれる?』
『わかった、すぐ行く』
 草薙にしては珍しいためらいがちな口調の呼び出しに、パズは首を傾げつつも草薙の元に向かった。

 9課オフィスの中には、草薙の私室がある。
 他のメンバーの誰よりも男らしいとは本人含め誰もが認める事実だったが、曲がりなりにも紅一点である。仮眠室やシャワー室を共用する訳にもいかず、課長の命により草薙専用の個室が用意されることとなった。
 その英断が下されるまでには、いくつかの悲喜劇が起こったのは言うまでもないが。
「パズだ、入るぞ」
 主の許可を得て入室したパズが見たものは、難しい顔で一冊のファイルを見詰める草薙の姿だった。
「待ってたわ。そこに座って」
 課長室に置かれているものほど上等なものではないが、それでも十分座り心地の良いソファの自分の向かい側を草薙が示した。
「これを見てくれる?」
 草薙が差し出した書類に、パズはざっと目を通した。
 書類には一枚の写真が添えられていた。物騒な顔つきの男達に囲まれた目つきの悪い五十絡みの男の顔に、パズは見覚えがあった。
「…ラオイエだな」
老爺(ラオイエ)』こと、王 家瑞(ワン ジャールイ。香港の一チンピラから身を興し今ではアジア一のシンジケートの主として名を馳せる男で、首都圏崩壊後は世界最大のチャイナタウンを抱える新浜の闇の帝王でもある。
「やっぱり、知ってるわね」
「…まあな。で、奴が何かやらかしたのか?」
「最近、おいたが過ぎるってのは知ってる?」
 草薙の言葉にパズは頷いた。
 もともと非合法な商売でのし上がってきた男だったが、それでもどこか筋の通った所があった。だからこそ敬意を込めて『老爺』と呼ばれてきたのだが、最近のワンは違った。
 しばらく外遊していたワンが帰国した半年前以来、断続的に新浜港に死体が上がっている。誰の仕業かは誰もが知っていたが、ワンの力の大きさに告発しようとするものは居なかった。
 だが、風向きは変わったらしい。今パズの手元にある書類は関係省庁が発行した告発状で、ワンの罪状が事細かに列挙されていた。
「奴が反撃に出る前に排除せよ。それがうちに回ってきた依頼よ」
 物騒な事を草薙がさらりと言った。
「で、それをなぜ俺に?」
「このミッション、ターゲットの『趣味』を考えると貴方が適任でしょう?」
「…まあな」
 女装の男娼をいたぶって楽しむというワンのいささか特殊な趣味は、知る人ぞ知る事実で。そして色仕掛け込みの暗殺ミッションとなれば、9課で対応できるのはパズだけだろう。
「引き受けてもいいが、条件がある」
「どんな?」
「衣装は2セット、費用は経費で落として欲しい」
 目の肥えた男の気を惹くにはそれなりの質が必要で。以前草薙が似たような『変装』をしたことがあったが、標準体型で既製品を流用することが出来た草薙とは違い、今回は衣装を調達するのはオーダーでもない限り無理だろう。
「…見積もり出してもらってちょうだい」
 草薙もそれは覚悟していたのか、あっさりとパズの意見を呑んだ。
「ミッションが終わってからでいいが、俺とバトーに一日、トグサに二日休みを貰いたい」
「ん・・・ちょっと厳しいわね。貴方たちが半休、トグサが半休と一日なら何とか。休みの間のログ提出が条件だけど」
 パズが何を企んでいるか気づいたらしい草薙の返答に、パズは鷹揚に頷いた。
「いつ掛かる?」
「貴方の用意が出来次第。ただ、次の犠牲者が出る前に何とかしたいところね」
 草薙の言葉にもうひとつ頷いて、パズは書類を持って席を立つ。
「…すぐに準備する」
「頼むわ」

 ―こうして、危険な芝居は幕を開けたのである。










■作者言い訳

 
  「Lusty nail」に至る事情を、あとから捏造した小話です。  悪役にしてしまった王家瑞氏は、実は実在の人物だったりします。(ちなみに中国共産党・対外連絡部長とか。ネットニュースでアジア系のお名前探して右往左往してみたり。 お名前の読みは漢和辞典で確認したので、それほど間違ってないはずかと)
 王氏の死因をどうするかは悩んだんですが…腹上死に見せかけた他殺ということでひとつw(『腎虚』って言葉をご存知かな、皆様w)

 タイトルは某三人組バンド(マイナーなほう)のやっぱりマイナーな曲から。話の内容にちょうどいいかなと。