A prayer of the pliant left arm




 そろそろと持ち上げた両の手のひらを、サイトーはじっと見つめた。全く同じように見えるそれは、右が自前で左が作り物である。
 その左の手のひらは、三日前に撃たれて破壊された腕と共に新調されていた。全身義体ならすぐに取り替えが出来るのだが、生体部分が多いサイトーの場合義体部分との神経を繋ぐ作業に、時間が掛かったのである。
 9課ラボ付きの医師から新しい腕を動かしていいという許可が出たのがほんの数分前。しばらくは腕の慣らしも兼ねてのリハビリの日々が待っている。
「・・・・・ふぅ」
 ラボに担ぎ込まれてから判明した事実が、サイトーを憂鬱にさせていた。手術中にラボに立ち寄ったバトーが見舞い代わりに置いていったというファイルの内容は、残っていた麻酔を吹き飛ばすほどの衝撃があった。おかげで『業界』有名人を仕留めた喜びや興奮はすぐに醒め、後味の悪さだけがサイトーの中に残った。
 偽情報に踊らされて撃ち合ったことは百歩譲って我慢するとしても、無能な上層部の命令に従った挙句自分に撃たれた男の事を考えるとため息が漏れる。もしも自分が今こうして9課にいなかったなら、あの男と同じ末路を辿る可能性もあっただろう。
(・・・来たか)
 暗い想像のループを断ち切ったのは、勢い良く近づいてくる足音だった。
 治療や作業のために、電波を遮断している部屋の中には電通が入らない。だから、足音の主は直接ここへ出向くことを選んだらしい。
 治療終了の報告はラボから荒巻の元へも行っているはずだから、その人物がここへとやってくることは時間の問題だろうと思っていた。
 狭流木の件では外務省ルートの捜査に当たっていたため、もう一週間も顔を見ていない。今のサイトーにとって会いたくて、会いたくない相手。それが足音の主だった。
(うわ・・・)
 勢い良くドアを開けて入ってきたパズは全身に不機嫌そうなオーラを纏っていて、さすがのサイトーも驚いた。
 思わずベッドの上で逃げようとしたサイトーの右腕を、一瞬早くパズが掴んだ。そのままベッドに座り込んで完全に退路を塞ぐ。
「左腕、見せろ」
「ん…」
 有無を言わせない低い声で命令されて、サイトーはおずおずと左腕を差し出した。
「痛みは?」
 ラボで着せられた術着の袖を捲りあげながら、パズが尋ねた。まるで尋問するような調子に、サイトーはパズに気づかれないように苦笑を漏らした。
「・・・ない」
「指、曲げてみろ」
「こうか?」
 新しい腕の調子が気になるらしいパズに、サイトーは言われるまま従った。
「うまく神経は繋がったみたいだな」
 しばらく腕を検分して、パズの気は済んだらしい。
「…なんで、こんな無茶した」
 逃げられるとは思っていなかった話題に、サイトーは覚悟を決めた。
「あいつとやれる機会なんて、そうそうあるもんじゃない。…わかってくれとは言わないが」
 サイトーにとって、一度は戦ってみたい相手だった。凄腕の有名人とやり合えるなら、腕一本など安いものかもしれないし最悪命を落としても悔いはない。だが、狙撃手としてのその理論は他の人間には理解できないものかもしれない。もちろん、一番自分に近い所にいるはずのパズにも。
「…あと2センチずれてたら、お前死んでたぞ」 
 案の定冷たい声が、サイトーを責めた。
「左腕に当たったからいいものの、他のところだったらどうするつもりだったんだ」
 義体にする、という用意していた答えを口にすることは出来なかった。
「パズ?」
 怒っているとばかり思っていたパズに急に抱きつかれて、サイトーが慌てた。
「…お前まで、逝っちまうかと思った」
 耳元で囁かれた小さな声は、微かに震えていた。
(…そう言えば)
 パズの身体が七割方義体化されている理由を、サイトーは思い出した。
 パズは9課に来る前は、国家公安委員会に所属していたという。
 9課並みに極秘の任務が多い職場の性質上あまり昔の事は語りたがらないが、かつて過激派の捜査中に犯人たちの激しい抵抗に遭い、本人は重傷、一緒にいた当時の相棒は即死だったと一度だけ聞いた事がある。
 サイトーの左腕と左眼は自業自得と言っていいような状況で生身の身体と替えたものだが、パズは違う。生死の境をさ迷うぎりぎりの状況下で、義体化しか選択肢の無い中で引き換えたものである。意識が戻ったときに相棒の死と変わってしまった自分の身体を知ったパズの心中は、どんなものだっただろう。
 今回自分がしでかしたことは、パズにその時の事を思い出させてしまったのに違いない。
「…すまん」
 パズの肩にもたれて、サイトーは呟いた。もっと何か言いたかったが、それしか言えなかった。
「頼むから、無茶するなよ」
「ああ」
 すっかり覚えてしまった煙草の匂いに包まれて、サイトーはゆっくりと目を伏せた。
「約束する。もうお前を心配させるようなことはしない」
 いつも身綺麗にしている伊達男が、シャツはよれよれ髪はぼさぼさというひどい有様なのは間違いなく自分のせいだろう。
 ひどく心配させてしまったことを申し訳なく思う反面、このクールな男がそれだけ自分のことを大切に思ってくれていることに気づいて、サイトーは嬉しかった。
 だから、二度とこんな無茶はしまいと心に決めた。義体にするのもパーツを取り替えるのも、もうこれで終わりと新しい腕に誓う。
 それが誰よりも大事な相手への、自分なりの応え方なのだから。
 
 
 
−END−







・作者言い訳・

よそさまで素敵なパズサイを拝見して、自分でも挑戦したくなってみた結果がこれです(苦笑)
(しかも、この話が攻殻初書きだったりするんです・苦笑)
サイトーさんの腕が撃たれたのは事実ですが、あとは全部フィクションですので念のため。
しかし…パズってあまりにも資料がなくて泣けますねえ(涙)

「国家公安委員会」というのは警察の上に位置する組織で、内閣直属の機関です。
謀略物とかでは、表向きは警察の監督機関で裏では暗躍…てな位置付けが多いようで。
軍人でもお巡りさんでもないっぽい(ちょっと警察…とくにヤクザ担当wには惹かれたのですが)
パズの元所属先は、ここかなとw

タイトルはある曲を、無理やり英訳してちょっといじってみました。
ちょっと原題のニュアンスが伝わるかな〜って感じなのですが(汗)。
(「pliant」は「しなやか」と取っていただけると嬉しいです)
曲の内容とこの文章は全く関係ないことを、書き添えておきますね(苦笑)
(本当に、タイトルからの連想だったものでして)