Etude op.6

琥珀さま




 両肩を打ち砕かれ、折れた肋骨が肺に突き刺さっている。
 こみ上げた生暖かい人工血液が口から溢れて、縒れたシャツにかかった。
 赤くないのが救いか、それとも血が赤くないことに違和感を感じるべきか。
 義体化して以来、格闘戦でこれほどの大敗を喫したことはなかった。

 …目の前の、この禍々しいほどに美しい戦女神が舞い降りるまでは。


「認める?」
「…あぁ」
 掠れた声が自分の声だと気づくのに時間がかかった。
(あぁ、死ぬのかここで)
 そんな事をボンヤリと思いながら、それでも目の端でまだ探している。
(まだ見つけていない)
 それが何かも分からないのに、ずっと探しているそれ。
「その目、気に入ったわ」
「?」
 痛覚はすでにカットしている、義体から途切れた信号も疑似信号に自動で切り替え済みだ。脳殻はまだ正常に機能していても、義体はすでにスクラップも同然。これが生身なら悠長に考え事など出来ないだろう。激痛と死の恐怖で、運が良ければさっさと気を失うことが出来ている。
 こんな時、緊急の脳殻維持システムも考え物だとパズは嗤う。
「識っているのね。死の恐怖より、死ねない事の方が恐ろしいということを」
 パズの胸部に女は膝をつき右拳は頭部を破壊する人中を正確に狙ったまま、紅玉の眸を柔らかに細めて、戦女神は意外な一言をパズに与える。
「あんた…も、か」
 こんな時になってようやっと、と言うべきか。探している何かに繋がる鍵を言葉にする人間に会えたとは皮肉だった。
「さっさと殺れ…嬲り殺されるのは、趣味…じゃない」
「聞いてなかった? 気に入ったのよ」
 萎んだ挙げ句に漏れた人工血液で溺れそうな肺を目一杯使っても、もう言葉になりそうにない。自閉モードにした電通を解放して目の前の女に明け渡す。
『スクラップに興味があるとは珍しい趣味だな』
「壊れたのなら直すまでのこと。私のモノになりなさい」
 驚いた、半端じゃない状態まで自分で壊しておきながら『拾う』とは正気を疑ってしまう。この状態で今後素直に相手が従うと本気で考えているのだろうか?
 この誘いに仮に乗ったとして、自分なら素直に従うことはまず無いだろう。それを分かって言っているのか?
「…無用な心配ね、私を殺せるのは私だけよ」
 女は婉然と微笑みながら、一つ一つパズを屈服させる言葉を吐く。
『…俺は同じ女とは2度は寝ない主義なんだ、別を当たってくれ』
「ふぅん? 気障もそこまで行くと天晴れね。でも残念だわ、その望みは叶わない」
 右拳を納めて、パズの前髪を掴むと顔を引き上げて正面から眸を合わせた。
「貴方の好みなんか知ったこっちゃ無いの、だから2度目はある。何故って…私が貴方を襲うからよ」
 クスリと微笑むその美しい笑顔はまさしく悪魔と呼ぶに相応しい。
「まだ見つかってないんでしょう? そして探している」
 天啓のような囁きがパズを絡め取る。
「探せばいい。…私も探している」
 あぁ、女神でも悪魔でもいい。この女につけば、確かに「それ」を探し出せそうな気がした。
  『分かった、あんたに賭けよう』
 損はさせない。そう傲然と嘯いた女は草薙素子と名乗った。










・このお話について・

琥珀さまのところの全プレ企画で、頂いてまいりましたお話です。
サイトーさんの時以上にサドい少佐が鼻血ものです〜(落ち着け、私w)
個人的に、このお話のテーマソングは「CAUTIONARY WARNING」(John Sykes)だったり。
このお話のパズにとって少佐は、自分を悩ませ、困らせ、煽り、侵す危険な女神ですからね♪
(久々にCD引っ張り出して歌詞をチェックしたら、あんまりぴったりでびびったりw)