分岐SS 「あらしのよるに〜嵐の夜に 3より〜」 


琥珀 さま




 ハイジャックされた航空機は海へ墜ちた。テロリスト達は今頃海底でお休み中にちがいない。
 そして晩秋の北太平洋上、かろうじて二人が脱出降下した先は電脳通信中継域外の無人島。
 トグサにとって幸運だったのはサバイバルに秀でた相棒がいたこと。
 相棒の名はバトー、自衛軍レンジャー出身の公安9課No.2。



 やっとの思いで落ち着いたシェルターには赤々と火が熾り、激しくなってきた風雨を遮る岩の屋根に反射して二人を照らした。
「トグサ、こっちに来い」
「?、狭いぜ」
「いいからこい」
 低い天井を気にしながら手と膝で移動してくるトグサをバトーはそのまま抱き寄せた。
  「うぁ!何すんだよ」
「おとなしくしてろ、この方が早くあたたかくなるだろ」
 接触した身体にバトーの声が直に響く。
 海中に落下したわけではないが、逃れる場所のない狭い砂浜に着地したおかげで波飛沫を被った生身のトグサは凍える寸前、わずかでも温もりを感じられるのはありがたかった。
「…ありがとう」
 感謝の囁きがバトーの耳に届いた。
 トグサが寄りかかった身体はいつもより体温が高い。
   サイボーグのバトーはトグサのように食事を常時とる必要はない。
 バトーにとってのサイボーグ食は生身の人間にとってのサプリメントのような物、軍用にチューンナップされた義体の実際の食事にあたるものはエネルギーカートリッジと補助の非常用バッテリーが体内に装備されている。
 今はそのエネルギーを利用してトグサのために体温を上げているのだろう。
「さっきの飲み物、いつ作り方覚えたんだ?」
 バトーがトグサの体調を気にして海岸に生えていた松の樹皮で入れた薬湯の出所を寝物語にねだる子供のように、トグサはアンバーブラウンのまろやかな瞳をまっすぐにバトーへと向けた。
「そうだな、レンジャーにいたときだったか。ユーキってあちこち渡り歩いていたヤツから聞いたな」
「仲良かったのか?」
「はぁ?」
 バトーにとってトグサの質問は時々理解しがたい事がある。何故そこで仲云々が出てくるのだろうか?
「あー…、何が聞きたいんだオマエは?」
「え?別に…ただ軍てどんなところだか知らないしさ」
「それで仲が良いとか悪いとかがどうして出てくるんだよ…」
 ぺしっとバトーは自分の額を叩く。
(まったく、何考えてんだ…)
「で、どうだったんだよ?」
 興味津々のトグサがバトーのシャツの胸元を握りしめてのぞき込む。
「仲は悪くなかった…が、トグサ。オマエなぁもちょっと警戒心を養えよ」
「なんだよ、そんなに頼りないのか俺は」
 いささかピントのずれたトグサの返答にバトーは肩を落とした。
「そういう意味じゃない、こういう意味だっ!」
 退屈な夜の他愛ない悪戯だった…そのはずだった。





「んっ…む」
 驚きに目を瞠ったままのトグサは身体を硬くしたままバトーのキスをまともに食らっていた。
 バトーに抱えられていたままの体勢が徒になったか逃れることも出来ない。
「んぁ…は・・んっ、んんー」
 やっと意識を取り戻したのか顔を顰めて腕をつっぱって逃れようとするトグサをバトーは傷つけないようにさらに強い力で拘束する。
 わずかにずれたトグサの口の端から唾液がこぼれた。
   それをバトーは手のひらで拭うとそのままトグサの耳を塞いでさらに口づけを深める。
 歯茎をなぞり口蓋を舐め、逃れようとする舌を追いつめて遊ぶように突いた。そのおびえたようなトグサの舌に嗜虐心を刺激されると絡め取って吸い上げた。
「あぁ…っ」
 耳を塞がれ自分の口腔を這い回る舌のたてる音、掻き回された唾液のはねる音をダイレクトに脳に聞かされたトグサは酸素不足の状態で喘ぐのがやっとだった。
   バトーの腕の中、うっすら開いた瞼から覗くトグサの瞳が潤んでほんのり赤く染まった目尻が色艶を帯びる。その顔を顰めて口を開いた。
「な…」
 何で、もしくは何をすると叫びたかったろうトグサの掠れた声にバトーは意識しないようにしてきた己の欲望を自覚した。
「だから言っただろう、もう少し警戒心を持てってさ。わりぃが止まれない状況なんだ、付き合え」
 一方的な宣言とともにバトーは力の抜けたトグサの身体を全て膝の上に抱きあげ、足を開かせた。
「やめっ!」
「無理だって」
 短い言葉の応酬はすぐにバトーに唇を塞がれて終わる。
 不条理な力で支配されているにもかかわらずトグサが縋る相手はバトーしかいない。トグサの手は突き放したいのか救いを求めているのかバトーの肩を握りしめるか押し返すかなんども繰り返していた。
 その手で腰のマテバを引き抜いて、バトーのこめかみにでも銃口をあてられたならこの衝動を止めようもあったかもしれない。けれどトグサはそれをしようとはしなかった。
 赦されている、そういうことなのだろう。
 それがバトーだけではなさそうなのが少し切なかった。
 いつかの夕暮れ、9課の屋上。少佐の自然な笑顔とそれに笑顔で応えるトグサ。
 そうでなくとも生身で家族を持っているトグサと、機械化され生物の生きる時間から外れたバトー。
 だがたった今、嵐に閉じこめられたこの島でなら一瞬でも叶うかもしれない。求めてやまない命を抱くことを。


* 

 鼻に抜ける甘え声がキスの度にトグサから漏れる、すでに身体から力は抜けきってバトーに全てを委ねられていた。
 何度も腕に抱き、肩に担いで重みを感じた熱い命の裸の温もりが今この手にある。トグサの生乾きのシャツをすでに弛めていたスラックスから引き抜いてその背にバトーは手を置いた。
 手の皮膚触素を刺激する血流と鼓動、すこし、否かなり鼓動は早い。
「ば…とぉ」
「ん?」
 すでに命の欠片を放出するために透明な液を滴らせて備える肉塊を更に刺激され、トグサは首を小さく振ってバトーを呼ぶ。
 己の意志のままならぬ身体をもてあますトグサはバトーのもたらす熱に神経を灼かれていた。
 始めは立てていた膝もすでに崩れ、しどけなく開いた足の付け根を外気とバトーに晒している。
「っ、もぅ…」
 向かい合っている為にバトーの肩にトグサの顔が寄せられて、荒く、時には不規則な呼気が無造作に髪を縛ったバトーの項を吹き抜けていた。
 そんな些細な刺激にすらバトーは感動した。
 かつては己も持っていたはずのモノ、そして感触、記憶、生身の命という物がこんなに生々しく力に満ちていたのかと感じる。
 確かに現在の肉体は生身よりも遙かに強靱で不可能を可能にしていた。だがこの手の中の熱さは比較にならないほど重く感じるそれ。
  「まだ早いだろう?」
 直に男の快楽を刺激してはいるもののこれはいくら何でも効き過ぎだと思った。
 もう少し、少しでも長く楽しみたい。背を這わせた手のひらをそのまま脊柱をなぞってトグサの首に触れた瞬間腕の中の身体が激しく身動いだ。無我夢中といった感のあるめちゃくちゃな動きにバトーは呆気にとられる。
「だんなっ、…そこ、…駄目」
 涙目で舌足らずのトグサの哀願にバトーは思い当たった。
「だから伸ばしていたのか」
 初めて新人の経歴を少佐が持ってきた身上書で確認したとき、写真のトグサは髪をきっちりスーツに似合うスタイルに整えていた。それは制服と相まって妙に初々しく、それがバトーには苦く思えた。コイツは使えそうにないと。
 こんな真面目な子供が使えるのかとイシカワと視線を交わして同じ事を確認した気がする。
 だが実際会ってみれば中途半端な長髪でそのギャップに違和感を覚えた。
「分かった」
(分かっただけだけどな)
 思わずトグサに見えないように顔を背けて笑ってしまう。あとで存分に弄り回してやろうと、とりあえず落ちるまでは優しいセックスを心がけるべくバトーは愛撫を再開した。
(ほーんと、おもしれーヤツだぜ)
 たき火の明かりを背にその茶色の毛並みが金色に映える、詫びるようにバトーはその髪を一筋掬ってトグサの目に止まるように口づけた。
 そんなバトーの他愛ない仕草にすら震えるトグサは混乱していた。
 電脳化した脳を駆け回る「何故」という言葉。
 何故バトーは自分にキスをした?何故バトーは自分を抱く?何故バトーは…。何故自分はバトーを排除できない?
「何故」と先端科学技術によって強化された脳神経細胞を原始的な欲求でオーバーフローにしながらトグサはその中から答えの欠片を拾った。拾って握りしめた。
 トグサの腰がバトーの膝に擦りつけるように揺れる。
「ずるい…」
 震えて思い通りにならない指でトグサはバトーの上着のあわせを探る。
 バトーに触れたかった、隔てられた今までの接触では感じられないバトー自身をトグサは感じ取りたかった。自分だけが一方的に読まれて大事にされるのはごめんだと熱に支配された身体が叫ぶ。
「…積極的だな?」
 表情のない義眼でもバトーが驚いているのはトグサにも分かった。
「わるいかっ」
 止まっていたバトーの手が再びトグサの背を這い肩を押さえて引き寄せた。
「わるくない…な」
「バトー?」
 おずおずとトグサが自由に動くようになった手でバトーの顔を確認するように探る。その仕草にバトーは嘆息した。
「だからっ、オマエってヤツは!」
「警戒心を…養えっ…?」
「わかってるなら…」
「わかんねぇよっ!なんでダンナに警戒しなきゃいけないんだ?」
「こういうコトされておいて何戯れ事ぬかしやがる」
「うるさいっ!出来ないモノは出来ないんだ!俺にだってわかんねーよ!聞くなよ!」
 逆ギレ状態のトグサがバトーの上着を頼りない手つきで毟ろうとして思うように行かない事に腹を立てた。
「だいたいバトーの所為だろっ脱げっ!早く脱げったら!!」
「わかった、わるかった!だから落ち着けっ」
 意識していないだろう涙を振り落としてバトーに当たるトグサを慌てて押さえ込む。その押さえ込んだ身体から感じるせわしない呼吸が過酸素状態になりそうな気配を感じてバトーは慌てた。
「トグサ、大丈夫か?」
「……なんかヘンだ、痺れてる?」
「酸素を過剰に取り込んでるんだ、がまんしろ」
 体調の変化に当たり散らしていたことも飲み込まれたかトグサはバトーの手を拒むことなく受け入れる。くったり落ちたトグサの顎を掬って、荒い息を塞ぐように静かに舌を差し込んだ。


* 


 落ち着いた呼吸、痺れた舌や手が温度を取り戻した。
「なぁ、この格好のままじゃ…ちょっと」
 すっかり素面に戻ったトグサは赤面して顔を背ける。前は上も下もすっかりはだけて、というより下は半ば膝近くまで下ろされている。
「なんでぇ、良い眺めじゃないか」
「そんなのダンナだけだっ!」
「じゃあ、脱ごうか?」
 いきなりトグサを膝に乗せたままバトーが派手に服を脱ぎ散らす。
「なにやってんだよ!」
「何って、まぁ、ナニだな。それに脱げって言ったのはオマエだろう?」
「人の所為に…ひっああ」
 上半身の着衣を天晴れな脱ぎっぷりで放ったバトーが未だ膝の上で大人しくしていたトグサの鎖骨から胸に顔を寄せて味見のように舐めて噛んだ。滑らかで堅めの弾力を持つ肌をゆっくり味わう。
 鎖骨の薄い皮膚に跡を残したい衝動に駆られるがそこは我慢した、変わりに寒さと刺激に小さく立ち上がって主張する胸の頂を執拗に舌で押し潰し舐る。
「細いなー、もっと肉付きいいほうが」
 ついガラにもない自分の行動に。益体もない事をいってしまったバトーの言葉に目を閉じて愛撫に耐えていたトグサの感情が爆発する。
「うるさい馬鹿っ」
 喚くトグサがバトーの髪を掴んで引き起こすのを逆らわずに顔を上げると噛みつくような口づけが降る。それは上手いというほどではないが、ひたむきな舌使いにトグサらしさを感じて好きなようにさせた。
 細いなりに綺麗な筋肉の付いたトグサの腰を撫で、萎えて冷えた固まりにもう一度火を灯すべく根本の袋から先端へ筋をなぞり爪を立てる。
 そう時間が経たないうちにトグサの身体に熱がこもり、その奔流はバトーの手に伝わった。
「あっ…つん」
 そのバトーに強弱を付けて刺激されるそれは同性だからこそ知る的確な愛撫にトグサは夢中になる。
 それでも飲まれないと必死でバトーの舌に舌を絡め、分厚い人工筋肉と強化皮膜に覆われた肩に爪を立てた。生活反応を起こさない作り物のバトーの義体にはトグサの爪跡はきっと残らない。むしろトグサの爪を案じてやるべきだろう。
(あぁ、この皮膚の下に赤い血がながれてるのか。食い破れば噴き出す濃厚な神のワインが)
 眩暈のするような甘美な誘惑、しかし実行するわけにはいかない。変わりといっては何だが、せめて声だけは惜しまないで欲しいものだとバトーは実行に移すことにした。
「誰も聞いてないぜ?」
 ん?と笑ってトグサの耳に囁けばバトーの膝の上でトグサの腰が跳ね、立ち上がった肉茎が震えてバトーの掌を打った。
「だ…れがっ」
「ふん?これでもかぁ?」
 膝裏に片腕を通しトグサの腰を支え持ち上げ肩に乗せると目の前のちょうど良い位置にトグサ自身が置かれる。トグサにしてみれば低い天井にぶつからないよう躰を庇う不安定な姿勢で、バトーの頭に腹を付けてその背に手をつくしかない状況になる。
「なっ…あっああ…、ま…て」
 ざらついてぬめる何かがトグサ自身に絡み付き強烈な射精感を引き出した。バトーの上で嫌だと譫言のように何度も零すトグサはバトーの舌で張りつめた肉茎を吸い上げられ歯で甘噛みされるたびに啼くしかなくなった。
「バト…オ、くぅっ…う…んっんっ」
 バトーの背に置いた汗で滑る手、傾ぐ躰と頼りなく力の抜けた脚、そしてバトーの容赦ない口淫、尋常ではない状況に流されてトグサは埒をあけた。
 噎ぶような啜り泣く声に聞こえる吐息を聞きながらバトーは最後の一滴まで命の源の蛋白液を滴残さず吸い付き舐めとる。
 バトーの肩に覆い被さった力の抜けているトグサの躰を抱き直して顔を上げさせれば、喘いだまま閉じることの無かった口から伝った唾液が頬やこめかみを汚して焚き火に光っていた。半眼の瞼は細かく震え時折ひくんっ、とトグサの肩や腰が踊る。
「正気に返らない方が良いか?」
 バトーはトグサの唾液と汗で絡まった髪を払ってやりながらつぶやく。先に進みたい気持ちとトグサとこれからの時間を考えると、いつもは正しく定まる天秤も定まらないらしい。
 火の中で松ヤニがはぜる音を聞きながら黙ってバトーの片手でつかめるだろうトグサの形良い頭を撫で続ける。
「…………ねぇよ」
「なんだ?」
「ダンナらしくねぇよ」
 ひび割れた声がバトーの気を引く。
「喉…痛い」
「白湯でよけりゃ」
「…欲しい」
 椀に作り置きの湯冷ましが残っているのを確認してバトーはそれを口に含んだ。
 トグサの柔らかそうな唇は、今は乾いて熱くざらついている。それを潤すようにバトーは水分を少しずつ与えた。トグサは雛鳥のように舌でバトーの口端を刺激してねだった。
「もっと」
「分かってる」
 咽せないように脱力した躰を起こしてやり直接トグサの口元に椀を当てて飲ませる。ようやっと満足したトグサは濡れた唇を舌で舐めながらバトーを上目遣いで見やって口を開いた。
「なぁ、どうして続けない?」
「オマエが困るだろう」
「…おれは、おれはここまで許した。けど本当に許せなかったらここまでどころか最初から許さなかった」
「なら最後まで許せるのか?」
「……できるよ」
 強い瞳がバトーを見据える。
「俺がホントになにも分からないとでも思ってるのかよ、俺が知ってるダンナだろう?だったら…だったら許す」
 バトーが整えたシェルターをトグサは見渡した、軍用義体のバトーだけだったら必要の無かった物ばかりだ。暖かい火も、水や手作りの木の椀も、雨風をほとんど完全に防ぐこの場所も、すべてトグサのための物。
 トグサの9課のバディは、確かに腕の立つ元レンジャーでサバイバルもお手の物だろう、けれどこんなにも手を掛けて整えられたのはバトーの優しさだ。
   バトーはとても優しいとトグサは知っている。誠実な人柄だと知っている。たとえ、本人がそれを認めることがなかったとしても。
「だから」
「いいんだな?言っておくが俺は男には優しくないぜ」
 バトーの言葉にトグサは小さく笑い出した。
「言うと思った」
 今度の始まりの合図はトグサからのキスだった。





 一度辿ったトグサの躰、手に吸い付く様なこの触覚はトグサが生身の肌を持っているからかもしれないとバトーは思う。皮膚を通してトグサが何かを伝えているのか。
 先刻より馴染むと感じたその感触に嘘は無いだろう。そのトグサをこれからの行為で傷つけることになるのは必至だった。
 バトーは何とかそれを回避すべく自分の電脳を検索する。当然の事ながら外部記憶にはアクセスできない。
 ふと思い立ってトグサの背に自分のジャケットを掛けてやった。
「な・・・に?」
「肩冷えるだろう」
 喉声で問うトグサにバトーは安心させようと少し強く抱く。
「んっ・・・あいかわらず・・・やさしいよ・・・な」
(というか、オマエだけに甘いんだって言ったらどう思われるんだか)
 そんなバトーの胸の内など知るはずもないトグサは支える腕の心地よさに目を閉じて、バトーの手を掴んで自らの口元へ運ぶ、小さく舌を出してバトーの指先を舐めたトグサは思い切ってその指を口内に招き入れた。
 太く節張っている指はトグサと比べ物にならないほどの力を秘めている、ここでその力を出されたらトグサの頭など簡単に潰せるに違いない。
 それでもその手を離す気にはなれないのだから慣れとは恐ろしい物だとトグサはおかしくなる。その手はからかい混じりにトグサに触れる親しみの証だと認識してしまっているのだ。
 指の先から付け根をまんべんなくしゃぶると、また先へ舌を絡ませながら吸う。時折節に歯が掠り、そのたびにバトー自身が少しずつ反応しているのをトグサは知った。
 飲みきれない唾液が口の端、そしてバトーの指を伝い滴る。時折漏れる跳ねた水音が頭蓋にこだましてトグサを狂わせはじめる。
 無心に舌を使い続けるトグサの無防備な表情にバトーは誘われ捉えられている指をそっとトグサの歯に滑らせた。
「んふ・・・む・・・あ?」
 薄目をあけて伺うトグサにバトーは指を大胆に動かして口蓋と舌を嬲った。跳ね踊る指を夢中で追う舌や口内粘膜を傷つけないように加減して、バトーはその刺激を隠れ蓑にトグサの腰から割れ目を辿って目的の場所を探る。
 体表よりわずかに高い温度を醸すその場所は体内から漏れる余剰熱を感じさせる。その排泄するための器官に無理な動きをさせようというのだから本当はこんな場所ではなく、もっと用意のある場所なら良かったとバトーはまだ少し迷いを残していた。
「そろそろいいな?」
 赤子が大事なほ乳瓶を取り上げられた様にトグサが後追いする濡れた指をそのまま探り当てた秘門にあて、絞られた括約筋の筋をなぞってから差し込む。
  「あああっあぁ…」
 ぼんやりとバトーの手を追っていたトグサの眦からほたほたと生理的な滴があふれて落ち、半開きの口元が固定されたまま小さな母音を落とした。
 今まで経験したことのない、そして経験するはずの無かった衝撃に躰は混乱の極みだろうトグサを思うとオイルの一つでもなければこの先は無理だと指を引こうとしたバトーはふと思い出した。
「トグサ?」
 呼びかけられてのろのろと目を合わせるトグサの額に慰めのキスを落とすとバトーは空いている手でトグサに掛けたジャケットの隠しを探った。その指先に薄い袋と小さなアルミのパウチが触れる。
   ほっと一息ついたバトーに何を思ったのかトグサが不安そうな表情になるのを捉えてその鼻先をつついてやるとバトーはにやりと口の端を持ち上げた。
「いいもんめっけ」
 鼻先で振られた中指と人差し指に挟んでいる物を認識したトグサが熟れた林檎のように真っ赤になる。
「なんでそんな物…もちあるいて・・・はっ・・ぅん」
「男の嗜みだって」
 にやにやと笑みの止まないバトーに逃げ腰のトグサから、バトーが指を引き抜いた。バトーはアルミのパウチを唇に引っかけて歯と指で開封すると、さらさらと透明な液体があふれてきた。1/3ほど掌に出して液体を指に絡ませるとパウチと薄手の袋を脇に置きトグサの躰の向きを変えて再度膝の上に抱き直す。
「これで遠慮無くシテやれるな」
 いかにも心躍る響きが籠もったバトーの台詞にトグサはぞっと毛を逆立てた。背後から抱かれバトーの膝に乗せられた躰はトグサ自身をトグサの視界に容赦なく映して否応なく羞恥心を駆り立てる。
「…っあ?……んぁあ、っん」
 腰から腹をまわって立ち上がったトグサの肉茎と袋を一度に揉みしだく手に気をとられれば背後から再び指が体内に侵入を始める。それは先刻までのくいしばった秘門を押し開く無理な力ではない、するりと元在った場所へ収まるように忍び込んでくる。声を抑える間もなく複数の指がトグサの中をバラバラに刺激しはじめた。
 背面座位の姿勢に手を置く先が無くなりトグサは両腕をトグサ自身を直接刺激するバトーの手と腕に掛けて逃れるように身を捩って反応する。その所為で前のめりになり浮いた腰を利用したバトーは更に深く指を差し込んで探った。
「ひぃっ…ぃあっああ」
 体内の核を探り当てたバトーが容赦なく突き、刺激され反ったトグサの背が細い悲鳴とともにバトーの胸に帰ってきた。そしてバトーの目の前には汗で後れ毛の張り付いたトグサの項が無防備に差し出される。
 その様にたまらずに歯を立てて噛みつくとその衝撃でひゅっとトグサの喉が鳴り、バトーの掌に潮を噴き出した。
 放出の衝撃と余韻にトグサの眸からわずかに残っていた光が失せ、荒い息のままヒクヒクと崩した脚が痙攣して、バトーの指を食んでいた秘門は熱く緩みさらに奥へと誘う。
「わりぃな」
 サイボーグ化の果ての紛い物とはいえ自分の身体に見合ったサイズのそれを、トグサに受け入れさせるのはさぞかしきついだろう。探し出したゴムと残った液体でどれだけ負担が和らぐかは分からなかったが、無いよりはマシだとバトーは傍らに置いたそれらを手に取った。
 たゆとう意識が急激に引き戻される。下肢から腹部にかけて鉛を流し込まれるような鈍痛と裂かれるような痛みがトグサの意識を浮上させようと揺さぶる。
「…っぃた、ぁぁあああ」
 ガンガンと血液の流れる音が鼓膜を叩いて何も音が聞こえない。内臓を圧迫して嘔吐感が絶え間なく迫り上がってきた。
「トグサ、暴れるな。傷を付けたくない」
 耳元で聞き覚えのある声がゆがんで聞こえた。
「だ・・・んなぁ?」
「そうだ、分かるだろう?ゆっくり息をしろ」
「ん・・・っふは・・・はっ」
 全身をくまなく、緩やかなリズムで撫でられるように愛撫されると応えるようにバトーを飲み込んだトグサの中の凝った力がわずかに抜けた。
「落ち着くまでこうしててやる…」
ようやっと状況を把握したトグサの首がゆっくりと一つ振られる。
「大丈夫か?」
 トグサの短い息が深い呼吸に変わる。それと同時にバトーを包むトグサの腸壁が小さくうねるように動き出す。絶え間なく意識させられる体内の異質な熱が徐々にトグサの脊髄を通って脳を浸食し始めた。
 その動きに合わせて少しずつトグサの身体を揺らしていく。
「もっ…いぃ」
 何を口走ったかトグサも分かってないだろう言葉にバトーも煽られる。トグサの項に鼻を埋めて舌をインターフェースの継ぎ目にそって這わせながら名前を呼んだ。
「あ…ぁっ、いやっ…だあああ」
 惑乱する中でも敏感で苦手な場所への悪戯には拒否の声が出る辺りが可愛らしい。バトーは緩やかな突き上げを不規則に強めながらトグサの耳殻をしゃぶり指をかけて持ち上げたおとがいにも口づけを落とす。
 反った胸の頂を指で刺激してやればトグサは力の入らない手でバトーの手の甲に爪を立てて抵抗する。荒い息とあえぎ声が低い天井に反響して外の嵐の音は紛れてしまった。
「ーーっん!」
 強い突き上げにトグサは揺れる頭をもたげてバトーに向きなおる。
「なん…だっ?」
「あ…、いきた・・・っい」
 訴えなくともトグサに無理を強いるのは避けていたバトーはトグサ自身を縛めてはいない。そのトグサの言葉にバトーは首を傾げる。
「いいさ、いけよ」
 刺激が足りないのかとバトーが再び動こうとしたときにトグサがむずがるように首を振る。
「ちがっ、ひとり…い…いや、だ」
 あっけにとられてバトーはまじまじとトグサの顔をのぞき込んだ。次の瞬間笑い出す。
「ひゃっ、うぁっ、わ…わらうなぁああ」
「分かった分かった、ほんとオマエって可愛いヤツ、まったく・・・負けたよ」
 馬鹿とかあほとか小さく聞こえた気がしたが、気にしない事にしてバトーは再び、今度は容赦なく突き上げる。すでに内に馴染んだバトーの杭が打ち付けるのもトグサには苦痛を与えることは無く、ただ押し寄せる熱と思いを感じてトグサは意識を手放した。





「おい、トグサ?…って無理もないか」
 果てた衝撃に意識を飛ばしてそのまま眠りに落ちたらしいトグサはコトンとバトーの肩に頭を預けて動く気配がない。
「いたずらしちまうぞ…?」
 放り出されたトグサの手をとって指先でちょいちょいと遊ぶと、心地悪そうにもそもそと身動いで頭をバトーの肩に擦りつける。
「もう一回…ってのは無理だよなぁ」
 途中で落ちてしまったバトーのボア付きジャケットを拾ってトグサの身体をくるむとそっと持ち上げて膝から下ろす。そのまま横抱きにして身支度を済ませると溜息がでた。
「少佐にばれたらやばいよなぁ…、傷物にされたと怒り狂った母狼を相手に勝てるのか俺?」
 どうでも良いことを呟いて気を紛らわすしかない、腕の中の命は今まで以上に自分にとって魅力的な力を持ってしまった。
 嵐の夜の夢を知る前と今の間にバトーは思いを巡らせる。
 夜明けはもうすぐ、帰ったら日常が戻ってくるだろう。変わってしまった絆と変わらない思いを抱えて、それでも知らなければ良かったとは決して言わない。
 とりあえず疲れた脳を休ませて、トグサと一緒に寝るのも悪くはないだろうとバトーはあくびを一つした。手の中の温もりを確かめて目を閉じると皮膚触素を通じてトグサの体温と呼気が伝わってくる。
 じんわりとバトーの手を伝ってトグサの熱が伝わる。脳を次第に覆ってゆく心地よいその熱をバトーは無条件で受け入れた。


= あらしのよるに =