(おや…?)
少し前に帰ったトグサが残していった報告書を、確認のためにめくっていたバトーの手が止まる。
(ええっと…1,2,3,4…やっぱり足りねえか)
何度数えても、1枚足りない。トグサは明日休みで提出の期限は明朝となれば悠長に構えている訳にも行かない。
何ヶ所かに確認を取ってみて、まだ9課内にトグサが残っているらしいことはわかったものの、電通への応答がないことに、バトーは小さく舌打ちした。
『イシカワ』
同じ居残り組でダイブルームの主に、バトーは電通を飛ばす。
『なんだ?』
ややあって、返答が戻ってくる。
『トグサの居場所が知りたい。野暮用で悪ぃが』
『相棒の手綱ぐらい、しっかり握ってろ…ちょっと待て』
嫌味を言いつつも依頼を聞いてくれたらしいイシカワからの返答を、バトーは待った。
『5分前からタチコマのハンガーだな』
『ありがとよ』
『あ…ちょっと待て』
電通を切ろうとしたバトーを、イシカワが止めた。
『トグサの奴、何か嫌な脳波出てるぞ。気をつけろ』
『?……了解』
イシカワの忠告に首を傾げつつも、バトーは礼を言って通信を切った。
バトーとイシカワの会話の5分前。
「よお」
「あ、トグサく〜ん」
待機室でバトーと別れた後、ロッカーに寄ったトグサはタチコマのハンガーへと向かった。
「こんな時間にどうしたの?」
「うん、ちょっとな…これを渡したくて」
両手で抱えた紙袋を、トグサは近くにいた一機に差し出した。
「なあに、これ…あ、天然オイルだあ!」
三本指のアームで、器用に中身を調べたタチコマが歓声を上げる。
「お前らが、旦那を助けてくれたって聞いたからそのお礼さ。少佐には内緒だぞ?」
三ヶ月前の9課壊滅作戦の際、アームスーツにやられそうになったバトーを救ったのが民間企業に払い下げられていたタチコマたちだったと、トグサは再建後に聞いた。
今目の前にいるタチコマたちはあの時の機体そのものではなく、ラボで保存されていたデータを元に再開発された機体だったが、トグサはどうしても彼らに礼が言いたかった。
トグサにとってのバトーはもう、『同僚』や『相棒』という簡単な言葉では片付けられない大切な存在になっていたから。
「ん〜、オイルは嬉しいけど…ボクら、それより聞きたいことがあるなあ」
「何だ?」
トグサが聞き返すと、タチコマはもじもじと身体を揺らした。
「トグサくんって、生身でしょう? 生身の身体ってどんな感じかな〜って」
「どんな感じ・・・て」
うまく答えられない問いに、トグサは唸った。
「ダメだよ、トグサくん困らせちゃ」
別の一機が助け舟を出してくれる。
「じゃあ、このディスクの感想聞かせてくれる? ボクらじゃわかんないんだ」
「いいよ、そのくらいなら」
差し出されたディスクを受け取って、トグサはコードをインターフェースに繋いだ。
(え…?)
瞬間、世界がぐるりと回った。身体に力が入らず、立っていられない。
「ねえねえトグサくん、どんな感じ? これって、キモチよくなるんでしょ?」
周りできゃあきゃあと騒ぐタチコマたちの声が、遠く聞こえる。うっかり防壁を通さずに繋いでしまった自分の不注意を、トグサは霞む意識の中で思い知らされた。
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