仮眠室が空いている事を確認して中に入ったバトーは、ベッドの上にトグサを下ろした。
(奴等、一体何を?)
ディスクから伸ばしたコードをインターフェースに繋いだバトーは、強固な防壁越しですら眩暈を起こさせる中身に頭を抱えた。
(こいつを直撃か?)
ディスクの中身は数日前に押収された女性向けの電脳ドラッグで、脳内のA10神経に働きかけて大量の脳内麻薬を強制的に分泌させる、非常に厄介な代物だった。
「トグサ、返事しろ」
何度か呼びかけると、ようやく閉じていた瞼が開いた。潤んだ瞳が、バトーを見上げる。
「あ……だん…な……?」
いささか呂律が怪しい声が、バトーを呼んだ。
「気分はどうだ?」
「なんかあつい……んで、ふわふわする……」
発熱しているのか、やや上気した顔をしかめてトグサが不調を訴えた。
「さっき、有線してからカラダがヘンで……」
「奴ら、押収品の保管庫から『クラッシャー』を持ち出しやがったんだ」
さすがのトグサも、バトーが口にした言葉に表情を変えた。
「クラッシャーって…、あの、クラッシャー?」
「ああ」
バトーの答えに盛大にため息をつくと、トグサはベッドの上で転がった。
「なんで…タチコマがんなもん、持ってんだ…」
正式な商品名は別にあるのだが、そのドラッグは『クラッシャー』という通称で呼ばれている。服用した人間の理性を一時的に破壊して性欲の塊にすることと、その服用者と熱い一夜を過ごした男たちが、腹上死する『事故』が多発したが故の通称だった。
「防壁通さずに有線したお前が悪い」
「うー…」
自分の落ち度はわかっているのか、トグサはそれ以上反論してこなかった。もっとも、もうまともに話すことも辛いのかもしれない。時計を確認して、バトーはそう思った。
『クラッシャー』は摂取後5〜10分で効果が現れる。おそらく今のトグサの体内では、大量のドーパミンとエンドルフィンが暴れている頃だろう。
「今日はここに泊まってけ。その身体じゃ帰れねえだろ」
ドラッグの効果は、個人差はあるものの4〜5時間は続く。脳内麻薬が回ってしまうと有効な解毒剤はなく、効果が切れるまで一切打つ手がないとなれば、トグサをこのまま帰す訳には行かない。
もともとの使用目的が目的のためから男がこのドラッグを使ったケースはあまり聞かないのだが、実験では男女共に性欲中枢を刺激して理性を飛ばす効果が報告されている以上、外に出すのは危険だろう。
うっすらと涙が溜まった目元を赤く色づかせて切なげな吐息をこぼすトグサは、その気のないはずのバトーの理性すら揺さぶりかねない色気を滲ませている。一人で帰して、無事に家までたどり着けるとは思えなかった。
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